あるとき、こんなこと思った
世界はすでに
何かによって、満たされているじゃないか?って
五感や六感、アンテナやフィルターを通して認識出来たものを『世界』と呼び
皮膚の内側、五感、顕在意識として認識されている部分を『わたし』と呼ぶ
何もない様に見える空間にでさえ、
認識出来ていないだけで、耳にとらえられない音や目に見えない光が存在している
認識の外側は、理解を超えた世界で
『理解を超えた世界がある』という認識や理解は、それに当たらない
イメージや理解は、存在していない
思い描く、すべてが的外れ
すべてがはじめから満たされている世界
イメージや想像、知識や経験の外側にある決して行き着くことのない世界
まだ『わたし』を通じて現れていない世界
現れていない世界と、すでに知っている世界は混在し
何処か遠くに存在しているのではなく、
それは紛れもなく
今ここにある
はじめから、微動だにせず
増えも減りもせず
完全なものとして
はじめから、ここにある
始まりも終わりもなく
ここにある
『わたし』という不完全なフィルターを通して感じる
ごく一握りの世界に
すべてがあって
あらゆる存在を通して
それは『わたし』の内側と外側から
完全な世界を現している
『わたし』は、完全を作り上げる唯一無二の存在
一部として、不完全でありながら
同時に完全なすべての一部であるが故
比較するものがなく、何か一つ欠けると完全ではなくなるが故
一部であり、全部である
『わたし』の中には、すべてがある
ただ、『わたし』を通じて
現れていないだけなんだ
『わたし』としての認識の世界の外側は
『わたし』とひとつになることで完成する
はじめから、ひとつだった
何処かにではなく
すべては、今ここに向かっている