かなり以前から
愛犬さつきの命は「16歳」と分かっていました。
彼女が10歳位の時だったと思います。
突然彼女の寿命 「 16 」 って分かってしまったのです。
何のタイミングだったかは忘れちゃったけど。上に聞いたのかなぁ・・・。
初めてその数字が降りてきた時は「うそでしょ
」って思ってたけど、
一緒に生活してきて
歳を重ねていくうちに その数字が嘘ではない事がハッキリわかってきました。
なので 15歳の夏も秋も冬も「これが最後の季節」と思って過ごしてきました。
人間も動物達も どんな存在も
「今・いま」は後にも先にも「たった今」しかない訳で。
今を一生懸命生きていれば後悔なんてしないんだろうと思うんですけど。
当たり前に明日はくると思っているから、「今しかない今日」をおろそかに(というか惰性で)
過ごしていることもあるだろうと思います
さつきの寿命は
私の性格を知っている上の存在が
こいつには教えておかないと大変なことになるぞ
っていうことで・・・
教えてくれたんだと思ってます
命の期限を知りたいか・知りたくないか。
については 人それぞれだと思います。
癌の患者さんをみていると、自分の余命宣告を突然されて精神的に不安定になってしまう方もいらっしゃいますし、生きる希望を無くす方もいます。自暴自棄になられる方もいらっしゃいます。
命の期限を知れたからこそ
やりたい事が出来たり、やらなければいけない事が出来て思い残すことがなく死への準備が出来たとおっしゃる方もいます。
私は後者なので、
さつきと一緒にいられる時間が分かっていたからこそ頑張れたという所もあるかもしれません。
やり残しがないように・悔いが残らないように、自分が出来る限りの事はさつきにしてきたつもりです。
昨年の今日さつきを看取りました。16歳1ヶ月でした。
もう一年。
時間が経つのは早い・・・。
さつき
に対してやり残したことはない
全て自分がやれることはやったと思えた介護期間でしたけど、
やっぱりその思いだけでは喪失感は埋められず。
それとこれとは違うんだな・・・とも改めて思います。
今でも寂しいと感じる時が多々があります。
逢いたくて逢いたくてビービー
泣いて
上のさつきに「かーちゃんまた泣いてるし・・・」って呆れられたりしてます
夕方、さつきが仔犬の頃から仲良くさせて頂いたワンコ友達のご夫婦からお花が届きました。
さつきの最期の最期まで見守ってくれた唯一の二人。
この二人がいてくれてどんなに助かったことか。
今日という日を覚えていてくださった事
この日に心を寄せて下さったことに 愛しか感じません。
ありがとう
って心から思います。
そしてさつきがいなかったらこんな経験も出会いもなかったので。
愛犬さつきに![]()
私の所に来てくれてありがとう ![]()
の日となりました。
