本や、人から教えをこうても
最後のひと登りは
自分で登らなければならないのかもしれない
最後のひと登り
自己をみつめる
自分の意識をみつめる
意識自体にメを向ける
探していたものは
常に私と共にあり、私自身だった
私がいなくなり、
みつめるものとなったとき
私はすべてになる
その胸の歓喜もただみつめる
するとさらに胸の喜びは波紋のように
ひろがっていく
でも、ここはゴールじゃない
始まりだ。
忘れてしまっても、
また戻ってこればいい。
ここははじまりでもあり、
帰る場所だ。
大事なのは
心の広がり。
窮屈だと感じるのは
そこは居場所じゃないという合図。
それは物理的な場所だけを指すわけではなくて
意識の居場所のことだ。
コトバを尽くしてもつくしても
この歓喜はコトバをこえてくる
その上で
私に何ができるのか?
私は何をみたいのか。
(歓喜する赤ちゃん)
