亡くなった友人宅から忌明けが終わったとの手紙が添えられていました…

いま、なんとかブログも再開させ、カラオケも行ってるし、仕事にも通ってるんだけどね…

やっぱり、穴の空いた気持ちは変わらない…

彼の会社の前を通ると、恐らくは奥さまがそこにいらっしゃるようなんだけど、かける言葉がなくて素通りばかり…

寒さもあるけど、隠れ家も使ってないし、リニューアルもやる気にならなくて…
お皿やコップなんかも、隠れ家用に買っていたのは、彼が遊びにきてくれることをイメージしていたから。

もう演出やら飾りやら、それを見せて驚かせる相手がいないから、放置したままのオープンガーデン…

春になったら気分も変わるのかな?


ブログやカラオケは、まだ見てくれる人がいるから…。
ブログは彼も見てくれていたんだけど、直接書いてる内容とか話していたね…
いまも知人で見てくれている。

このブログの場所は、遺言書みたいなものでもあります。

いつか私がこの世から去ったとき、子供たちに父はどんな人間だったのかを残したいって思いからブログを続けています…

正しくもあり、誤りもあり、人間としてのありのままをできる限り残したいと思っています。

それは自分自身が、親父のことを知らない部分が多いから。

親父がどんな思いで生きていたのか?それは知るよしもないから…。

男同士の親子って、そんなに会話はしないものだから。
親の友人とかも知らないし、だから話を聞くことはかなわない…

恋をしたとき、失恋したとき、結婚を決めたとき、結婚式のとき、子どもが生まれたとき、流産したとき、卒業したとき、就職したとき、退職したとき、転職したとき、裏切られたとき、絶望したとき、嬉しかったとき、同窓会のとき、親を亡くしたとき、友人を亡くしたとき…


さまざまな場面で、いったい親はどう思って生きてきたのか?それを知りたいと思ったときの場所が、このブログ…

なかなかそんな場所ってないんです。

亡くなった友人の長男さんも、生前会話をしていなかったことを残念に思ってると話していました。
生きてるときは、そんなものです。
当たり前にいる存在が突然いなくなったら…。
息子さんにはお父さんのこと、いっぱい話してあげたいと思います…

この事はその状況しだいですがね?
ご家族によってお気持ちは違うから。
悲しみをもう忘れたいと思ってるなら、思い出させるのは酷だし、ともに思い出しながら語りたいと思っているかはわからないから。

彼のご家族とは、珍しく面識がある間柄でした。奥さまともたまにお会いしていたし、娘さんとも。
希望されるようなら、彼の写真をまとめて差し上げたいとも思っています。

友人のいない悲しみからいつか抜け出せるのか?時間だけが解決してくれるのかな?

忌明けが明け、その魂はいずこへ…
残されたご家族の幸せや笑顔がいちばんの供養となるはず。
どうか、悲しみは片隅に置き、明るい未来を過ごして欲しいと願うばかりです…