②愛情を受けずに育った夫 | 平凡なわたしの暮らし

平凡なわたしの暮らし

mintです。院生2年の息子の母です。
美味しいもの楽しいこと、季節毎の感じたことを綴ります。

2023/12夫が肺がんで亡くなりました
51歳でした


    

おはようございますmintですニコニコ

本日もお立ち寄りいただき

ありがとうございます♥️






↓この続きです








夫の両親はけして育児放棄をしていたわけではなく、生活をするために必死で仕事をして、必死で生きていたんだと思います

子供達の心を育む余裕が無かった

そうとも言えると思います



結婚してから年末年始に帰省した時、夫だけ孤立しているような印象を何度か受けました

両親と弟の会話に入らない夫

その後わたし達にも義弟夫婦にも子供が出来、その成長とともに夫と両親、そして夫と弟の心が通うようになった気がしていました




夫は息子が小学校低学年までは、めちゃめちゃ可愛がりましたおねがい

babyちゃんの頃は仕事からすっ飛んで帰っては、黄昏泣きの息子を抱っこしてマンションの周りを一周してきてくれたり、沐浴、ミルク作り、おかゆ作り、寝かし付け、夜泣きをしたらあやしてくれたり、それはそれは溢れんばかりの愛情を注いでいましたラブ

愛情を知らずに育った夫だけど、こうして息子を通して愛情を知ってもらえていると信じていました🍀




息子が幼稚園ぐらいのときかな、息子と遊びながら

「3年生か4年生ぐらいまでかな?」

と言う夫


「何が?」と聞くと


「可愛がるの」と答えた夫


そんな事を忘れるくらい、それからも夫が息子を可愛がる日々は続いていました



ところが、息子が5年生ぐらいになって「ボク」が「オレ」と言うようになり、声変わりをするようになった頃から夫は少しずつ距離を取り始めたのです



わたしが衝撃を受けたのは、息子が中2の反抗期真っ只中の時のことです


わたしが「反抗期だけど、常に反抗してるわけじゃないんだし、もうちょっと愛情持って接してあげられないかな?」とやんわり言うと


「愛情?感じられない?そうかもしれないな・・・だってオレ、アイツのこと好きじゃないもん」と言い放ったのです

(過去記事のどこかで書いてると思います)



ショックでした


返す言葉が出ませんでした

自分の子供を「好きじゃない」って言う人、それがわたしの夫だなんて耳を疑いました😭

後から思えば息子を可愛がっていた時期は、まだ言葉を話せず自我が芽生える前だったので、夫にとってはペットを可愛がるような感覚だったのでしょうか

その真意はわかりません

どうしてそう思うのか、何度聞いても夫はこの言葉しか言いませんでした


「愛情って何なのか分からないんだよね」




夫から息子に対して話しかけることが極端に減り、成績や進路のことを口にするわけでもなく(興味がないように見えました)でも息子から話しかければ普通に応える、2人の関係は中学・高校・大学と、ずっとそんな感じだったと思います

わたしがいちいち伝書鳩みたいに「パパがこう言ってたよ」とか「◯◯(息子)はこの日がいいみたいよ」と2人の間に入って伝えていました

最終的には面倒くさくなったので「それは直接聞いてみてね」と、どちらにも投げました





そしていよいよ【夫の魂との対話】へと続きます

録音したものを文字起こししてるので時間がかかります

少々お待ちくださいませ照れ




いつかの月