ランチに牛丼を食べる日。

支援学校には食べ物を持ち込めないため、給食のない日は外食することが多い。


子どもたちは牛丼。


「じゃあ、職員は何にする?」

と、ある職員が聞いた。



???


牛丼じゃないの??


牛丼は牛丼でも、トッピングも含めて色んな種類がある。
そのどれにするかを聞いていたらしい。



ムズムズとわいてくる違和感。


子どもには牛丼以外の選択肢はないのに、職員にあるってどういうことなん?


職員の特権?
お金払うから好きなの食べたらいい?


何それ。
そんなん、子どもだって同じやん。


自分のより豪華だったり、自分のものと違う牛丼を見たりして、子どもたちは何を感じるんやろう?


見た目が違うのは、すぐに分かるやん。


職員だけズルいって思う?
それとも職員(大人)だから許されるって思う?
大人になったら、好きなもの選んで食べようって思う?



私は迷わず牛丼にした。

「子どもと同じもの注文します」


この一言で、右にならえのように職員みんな牛丼にした。



一緒に食べるなら(子どもがみんな同じものを食べるなら)、私も同じものを食べて、美味しいねって言い合いたいわ。

味が濃いから喉が渇くなぁって笑いながら水分たくさん取り合いたいわ。





同じ流れで、パンもあった。

子どもにはクリームパン、ウィンナーロール等好みそうなものをこちらが数種類選んで、子どもにいくつか選んでもらって頼めばいい。

で、私たちは何を頼む?


みたいな。


これも意味が分からんかったから、私は食パン等を除いて、全種類を一覧にして、好きなものを選んで注文してもらうように保護者に配布した。


そしたら、違和感なく私も好きなパンが食べられるから。


ウィンナーロールはそこまで好きじゃないし 笑

しかも、こっちで選択したパンが食べられない子もいるかもしれん(味や食感など敏感なタイプ)。


たった数種類の中から子どもに選んでもらって「選択」しました、なんて言える?


アホかもしれんけど、例えば町中のスーパーから好きなものをどうぞ選んで、なんて言えてこそ「選択」なんちゃうかと思う。
ほんま、アホな例えやけど 笑



あれこれ迷っても、選択肢は多い方がいいと思う。
選択できる力はとっても大切。
もちろん、家族と話し合って決めてもいいし。



何を選んだの?
それ、何が入ってるの?


なんて、私がパンを頬張ってるときに子どもたちからも聞かれながら、美味しいなって食べられたら嬉しいわ。