「ごめんね」という言葉には
「(良いお母さんになれなくて)ごめんね」という意味が含まれているのだろう。


長女が小学2年生のとき、自宅から30分はかかる場所にオフィスを作って、当時はまだ3歳だった長男を連れて毎日通った。
協会も子供も成長期。子連れ出勤といってもかっこいいものじゃなくて、昼間はオフィスで遊びたい盛りの息子にYouTubeを見せながらパソコンを叩き、帰ってきても終わらない仕事に追われて家事は最低限でほぼ後回し。


ある日、消防署から職場に電話がかかって来た。
「お子さんが家でボヤを出しました」
学校から帰ってきた長女が、いつも蒸し器で作っていた肉まんを食べようと、せいろをそのままコンロにかけたらしい。


寝ている息子を抱っこしてベビーカーを抱えて帰宅ラッシュの満員電車に飛び乗り、よろけそうになるたびに周りに謝りながら、私は少し泣いていたかもしれない。
「ああ、子供たちにこんな思いをさせてまで私は仕事を続ける意味があるんだろうか」
と、初めて仕事を辞めようと思った。
(幸いにしてせいろが燃えただけで大事には至らず、消防士の方はあまりにもぐちゃぐちゃな家の中を見て同情したのか何も言わなかった(笑))


あれから5年が経ち、娘は家事を一通りこなせるようになり、私の帰宅に合わせてご飯を炊いて待っていてくれる。
時にはおかずも作っておいてくれ、弟の世話はお風呂から寝かしつけまでほぼ完璧。
妹のお世話も率先してやる頼れるお姉ちゃんになった。


あのとき。
娘に
「ママお仕事やめようかな。そうしたら子供たちと一緒にいれるし」
と言ったら、ううん、ママは働いてて、と言われた。
私は働いてるママがいい、と。
その言葉に励まされて今も仕事をしている。
「ママすごいんだよ!」と学校ではお友達に話しているらしい。
家事が出来なくても、あまり遊んであげられなくても、娘には輝いているママに映っているらしい。


遅くなってごめんね、はまだまだ言うけれど、スーパーお母さんにはなれないけれど、娘が
「ママ今日はどんなお仕事したの?」
と聞いてくれるから、それに答えられるようにたくさんのネタを作ろう。


心配したり悩んでいるうちに子供はあっという間に大きくなる。そしていずれは巣立っていく。
その時に
「働くって楽しいよね」
と言ってもらえるような大人になろうと思う。

今はまだ渦中だけど、私もこの日々を懐かしく思う日が来るんだろう。