実は我が家は最初は一人っ子でもいいやと思っていたくち。
最初に生まれた娘が可愛すぎて
「この子以外の子を愛せる自信がない」
と思い、それで4年あっという間に過ぎた。
その後、兄弟を作ってあげたくて頑張るも出来ず、もう次出来なかったら一人っ子確定にしよう!(当時は東日本大震災もあり世の中も不安定だった)と思った矢先に2人目ができ、その6年後に3人目ができ、今にいたる。
私の仕事は子育てという経験値が自分のキャリアアップにも繋がるので事情は違うのかもしれないけど、やはり3人いるとそれなりに大変だ。
上の子は不登校児だし、真ん中はしょっちゅう骨折してるし、3人目は超絶甘えん坊で私から離れて寝たことが無い赤ちゃんだったのでやはり産んだら産んだだけ目まぐるしい。
ただ、私の場合は年を離して産んでいるので、長女が家事育児の即戦力でもある。デメリットなのはもう10年以上何かしらの送迎を繰り返している気がする。育児が一向に終わらない。
それなのに育児がひと段落し、もうそろそろ手をかける時期(だいたい4~5歳くらい)が終わったなと思うとまた赤ちゃんをこの手に抱きたくなってしまう。
思うのは、一人っ子でもいいと思うかそれ以上産みたいと思えるかどうかはやはり女性のキャリアをどうするか問題になるのだということ(産むことは誰も変わってくれないしね)
私みたいな経営者だともちろん自分の細分で仕事は調整できるけど、会社が回るように陣痛が来るまで仕事をしていたし、産んだ翌日もオンライン会議に出ていた。
コロナ前からzoomはフル活用で、外回りにいかなくてもいいように営業を置き、ママであることを強みとして仕事を取ってきた。使えるものはなんでも使った。
まぁ、仕事のせい、環境のせいで子どもを諦めたくないという想いは強かったのかもしれない。
今の時代子供はぜいたく品だ。
3人産んだ自分が偉いとは全く思わないし、たぶん一人っ子のうちより子どもにかけてあげられる時間もお金も少なくなる。
でも変えたいなと思うのは、そのことを卑下し、かつ自分を正当化しようと躍起になる世界。
子どもが何人だろうが、その選択を皆が皆認め合える世界であってほしい。
自分の人生の優先順位をどこにするか、で選択肢は変わってくる。
何人でも自分が幸せならいいじゃないか。
その選択肢が違うだけの話を皆で認め合いたい。
記事にある「二人目まだ?」という言葉、東京ではほとんど聞かない気がする。
その言葉に囚われているのは誰なのだろう。誰のために子どもを作りたいと思っているのだろう。
私が子どもを欲しかった理由なんて「愛する人と自分の遺伝子がかけあった資産を自分に残したかった」という完全なる自分のエゴだ。
そのくらい自分本位で生きてもいいのではないかと思う。
私は「本当はすごく欲しいけど将来が心配だから産まない」選択をする人がいなくなる社会を目指して今の事業をしている。
それだけは無くなっていってほしいと切に願う。

