「家でできる仕事がしたい」
それが、私の本当の望みだと思ってた。
子どもが体調不良になっても、
子どもが登園・登校できなくなっても、
安心して働きたい。
でも、自分の声を聞いていったら
それは「制限の中の望み」だって気づいた。
子どもの体調不良でリスケとかキャンセルとかして、お客さんや一緒に働く人に迷惑をかけたくない
→だから、家でできる仕事がしたい
自分が感染リスクがある場合に移したくないし、
大人数が集まる所に行ってリスクを犯したくない
→だから、家でできる仕事がしたい
じゃあもし、何も気にしなくていいならどうしたい?
子どもが元気で、
もし何かあっても私以外で代替できて、
私に何かあっても後ろめたさも
申し訳なさも遠慮もなくリスケできて、
むしろリスケしたことでもっと最善で、
感染することへの恐れや
周囲からの批判とか気にしなくていい
心の持ち用だったら?
だったら、私は
「家でできる仕事がしたい」
って言わないと思う。
たまにはゆっくりしたいから、
「家でできる仕事」をしてもいい。
でも、外に出たり、
いろんな人に会ったり、
思いっきり体を動かしたり、
すっごく美味しいものを食べたり、
めっちゃオシャレな空間に身を置いたり、
刺激的なものに触れたい。
本当はそういう望みがあるのに、
「制限の中でしか望んじゃいけない」
という思い込みがあったから、
表に出てこなかった。
「だから叶ってないんだよ」
そんな声が聞こえた。
家の中だけで完結する仕事で
ある程度稼げるようになってたら、
それを手放せなくなる。
ほんとは外に出たいのに、
家に縛られることになる。
だから、叶ってなかったんだな。
そう、本当の望みは、
「いつも安心感を感じていたい」
家でも働ける、外でも働ける。
時には頑張ってもいいし、
頑張らなくてもいい時もある。
むしろ、
働いてる感覚がなくても稼げてていいし、
稼いでない時があっても大丈夫。
そんな、安心感に包まれていることを
感じられることが、私の望みの1つだな。
私にとって、
【安心・自由・挑戦】
が大事なキーワードで、
それはステップになってる感じ。
安心の土台がないと、
自由も挑戦も謳歌できない。
私は、まだまだ第一ステップ。
自分の現在地をちゃんと把握して、
1つずつ制限を取っ払っていこう。
伊藤みの理
