私の闘病の記録を読んで下さる皆さまへ

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私の術式についてカンファレンスでの結果を聞いた日は

過去記事→卵巣凍結保存に至るまで(2)

母に同行してもらいました。

 

 

卵巣凍結の話とともに、

その先にある代理出産や子宮移植の話も出たんですね。

 

 

その話を聞いて母が、

「先生、その時は私の子宮を」

と言ってくれました。

使えない状態のアタマでも、母のその言葉は温かく嬉しく、鮮明に記憶に残っています。

 

 

帰り路、母が

「あなたが育った子宮であなたの子供も育つことになったら、何だか不思議な感じねお願い

と笑ってました。

 


 

でも今、手術を経験した後で考えてみるに。

 

 


母からの子宮移植は希望しません。

私は開腹手術による広汎子宮全摘手術で珍しく排尿障害がほとんどなかったのですが。

普通はあるんですよね。




高齢になった母に、そんな手術をして排尿障害を起したらどれだけ回復に時間がかかるか。

歩行困難の状況が続く事で衰える脚の筋力を、どれだけ時間をかけてリハビリするのか。

同じ手術をした人で、導尿がうまくいかず腎盂炎を引き起こした方も中にはいらっしゃるし。

母の術後の人生を考えると酷過ぎると思います。

 

 

 

となると、母からの子宮移植は望まず。

 

 

 

とすると、亡くなった方からの子宮移植になると思うんですが。

色々調べてみると、それはそれで問題点があるようです。

使う薬剤が胎児にどのような影響を及ぼすか、まだ分かっていないことも沢山。

 

 

まぁ、私自身も再発のリスクがないと判断されるまで数年。

病理検査の結果、扁平上皮癌ではなくなってしまったので。その判断も少し時間をかけるようですし。

その時の自分の年齢が、子供を望める年齢なのか(育てられる体力があるのかという意味で)。

 

 

まだ凍結した卵巣は保管管理の更新をお願いする予定ですが。

いつか手放す時が来ると予想しています。

 

 

 

 

 

 

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