ちっさい ありんこの 長い ひとりごと。
俳優の 渡辺裕之さん
ダチョウ倶楽部の 上島竜兵さん
芸能界の 第一線で
長い間 ご活躍され
多くの人々に 親しまれ
愛された 人たちが
たて続けに 急逝されました。
謹んで お悔やみ申し上げます。
直接お会いしたことは ない人でも
大きな ショックを 受けた方は
私自身を含めて
たくさん いらっしゃると思います。
人ひとりの 人生が 終わりを告げた現実。
しかも、こんな かたちで。
いくら 有名人で あっても
故人とは 無関係な人間が
SNSなどの 公の場で
ああだの こうだの
触れるのは 控えるべきことかな。
とは 思います。
でも いきてくって なんなんかなぁ、、、。
と、ふと思って しまいました。
故人と親しい 周りの方々は
この 結末に悲嘆し
とてつもない 喪失感や
後悔に 苛まれて いることでしょう。
「なぜ?」
「どうして?」
それは 誰にも わからない。
「どうして こんなことに なってしまったのか」
きっと 亡くなられた 御本人さえも
わからなかったのでは ないでしょうか。
こういうことが あると いろいろな場面で
「自死なんて 自分の周りの大切な人が
悲しむようなことを、絶対しちゃダメだ」
と いう人が いらっしゃいます。
もっともな ご意見だし
この言葉や思考が 何処かの段階で、
誰かの自死の歯止めとなった場面も
たくさんあると 思います。
でも 悩み 苦しみ
自分自身を保つのに
いっぱい いっぱいな ところまで
追い詰められた人に対して。
結果、自らの いのちに 手をかけて
しまった故人に対して。
「周りの人の気持ちを 考えてみろ」
と言うのは 酷な話かも しれない。
と、思ってしまいました。
もちろん 自死が 良い 行いでは ないことは
大前提ですが。
当然のことながら
私たちは、自分以外の 何者にも
代わることは できません。
タンポポが バラには なれないように
バラだって タンポポには なれないのです。
だけど、タンポポは バラに 寄り添うことが できます。
バラだって タンポポに 寄り添うことは できます。
そうして 寄り添いあって
この世界は できていると 思います。
そんな ことを 昨日の帰宅時
車を運転しながら
ぼー、、、っと考えて いました。
一生を ドライブに 例えるなら
肉体は、車輌本体。
意識や魂は、ドライバー自身でしょうか。
どんな 道を
どんな 車で
どんなスピードで
走って ゆくのか
最上クラスの ベントレーでも
ボロボロの 軽自動車でも
それは この世界線に 唯ひとつだけの もの。
私の体(愛車のヴィッツ)は、
あちこち故障(病気)が あるけれど
メンテナンス(治療)を きちんと施して
燃料(天命)が 尽きるまで
えっちら おっちら
走って ゆこうかな。