星を読み、あなたの未知を開くオペレーター
Rebirth*貴音です。
先日の 新月 神戸麻耶リトリートの記事 のつづき
つづきではありますが、行程を遡って振り返る感じです。
朝イチに、淡路の伊弉諾神宮へ 初詣に。
行きたいときには、スイスイ行けてしまいます。
関西、中国、北陸程度なら車で行くことが多い私。
垂水のジャンクションを越えると、とたんに開放感に包まれる感じがする。
大好き 明石海峡大橋を渡るの。
普段は意識してない 目に見えない薄衣を、この辺りで“脱ぎ去る” 感覚を確実に感じる。
やっぱり、氣づかないうちに、まとってるんだな… 窮屈な、防護服みたいなのを。
淡路はねぇ… 私にとっては故郷に近い感覚の地だと思っていて、弛む心地よさ、をすごく感じるんです。
周りを海に囲まれてる沖縄とかも、そんなところがある。
でも、長居すると、締まりなくダラダラとしてしまい
しばらくすると出て行きたくなる(笑)
まさに、貴音の中の、月に当るような地なのね。
月かに座。やっぱりカニは、海が家
伊弉諾神宮は以前からちょっと氣になってた神社ではあったんですが、なぜか腰が重くて行く氣になれないでいました。
でも初めての今回、途中の参道、道路脇に点々…と 灯篭が立っているのを目にしていると、
なぜかしら、涙が頬を伝う… 悲しいのじゃなく、嬉しい氣持ちでした。
あたたかい… 歓迎されている心地がしたのね。
長年近づけなかった鞍馬を 昨秋初めて訪れたときと何だかよく似た感覚…
やっぱり、来てよかった そう感じました。
本殿の参拝をして、夫婦クスの大木を見に行くと、多くの男性旅行者たちが 神宮の方のガイドに耳を傾けているところだった。
“樹に触れたがる方がとても多いのですが、人の手にある雑菌の中には樹にとって、よろしくないものもあり、それがもとで病氣になってしまう樹もあります…”
… なるほど。
わたしは木が好きで、人目をしのんでよく抱きついたりするけど、結界がされているご神木は、配慮しようかな。
うん。だが、それよりもこの光景を目にして 私がピンときたのは
今秋、てんびん座→さそり座へ移宮する木星からのメッセージを、感じられたからなんですよ。
男性(♂)のグループが、夫婦(てんびん~さそり座へ)の象徴の木(木星)を囲んで
神官の語り(天地創造の神話)を真剣に聴いている
受け手であり、太陽の光を受容れる女性の器・御台を先に調えることができれば、
男性は信頼と共に自ら立ち、器へ その光を射しいれ流し込むことができる
夫婦って、異なる場で生まれた同士がまるで共に育つかのように
エネルギーを共有し合う姿のことだと思う
表面上、どんな風に見えても、
たとえいがみ合ったとしても
足下の土は地球につながっている
ここで、子どもに返って思い切りケンカし合っていい
その場を与えてもらっている
てんびん座♎(陽・男性性)は金星♀(女性性)がルールするサイン。
そこから、さそり座♏(陰・女性性)をルールする火星♂(男性性)のサインへ、木星♃の焦点が移っていく。
複雑でしょ?でも面白いのよ
最近カタカムナに興味を持ち出した友人は、“アワ男” とか “サヌキ女” とか言ってるけど、そういった感じが近いニュアンスのサインだと思います
そして今は、さそり座と同じく水のエレメントのサイン・かに座のシーズン。
太陽☉、そして さそり座のルーラー・火星♂は今、かに座♋領域にある。。。
ね、もうすでに、木星さそり座時空の序章が始まっているわけですよ。
さそり座の火星=陰(女性的)の男性性ってね、端的な側面で言えば
嫉妬したり復讐の烽火をあげる男性みたいなもの。
家の外でで目的にまい進してる外向的な男性じゃないのですよ。
さそりっぽいニュアンス、感じていただけるかしら…
内・裏・潜在部へベクトルを向ける火星性質なのね。
現実が満たされているうちはあまりその力を感じられないかも知れません。
つまり、“目の前の現実を変えたい!”
と意図したとき、今まで外へ向いていた矢印が、内側へ急転回をし始め、
その根元に当るところから変わり始めるのです。
ヒトは、現実創造のカラクリを知らぬうちは、意図した瞬間から意識が変わり始めるその速さに、氣づかないまま、あれよあれよと追いまくられることになり、それに抵抗し出す。
なので、変わりたいのに苦しいのが嫌で、変わることを拒否し出すという矛盾にブチ当る。
これでは、変わらない上にますます苦しくなる一方…
これまた続く…②へ

