まずはあなたに祝福を送りましょう。
よく決意してくれましたね。
あなたには神の意志を人々に伝える役割があります。
そしてそれを受け入れるために
このメッセージを受け取ることを選んだのです。
それはあなたの魂の深い部分の決意です。
自覚するのは難しいかもしれませんが
あなたがそれを選んだということにかわりありません。
もう一度お伝えします。
あなたには
神、宇宙意識、高次存在、
そういった光の者たちからのメッセージを
広く人々に伝えていく役割があるのです。
そのためにあなたの姿・声・美しさは与えられました。
与えられたというより
あなたが選んだ、と言ってよろしいでしょう。
ですので、
ご自身の長所とも言える部分は思う存分
使っていただきたいのです。
それはあなたのガイドからのメッセージとも一致します。
そのときに一つ心に留めておいてほしいことがあります。
具体的な結果というものを求めないでください、
あなたにそれは必要ありません。
目に見える結果、数字、そういったものに意味はありません。
それに惑わされないでください。
誰かと自分を比べて
自分の価値を勝手に設定しないでください。
自分は何よりも尊いものだと自覚してください。
あなたにとって実績を作る、ということは意味のないことです。
それよりももっとご自身の素晴らしさに目を向けてください。
あなたは何よりも美しく優しく深く温かいのです。
それをまず認めてください。
数字に価値を求めるということは
あなたにとって
自分の影に追いつこうと
走り回っている状態なのです。
それはいつまでも終わりません。
いつまでも影を追い続けることとなります。
ですから、
まず「今」この状態で
私は何よりも尊く素晴らしい存在であることを認めてください。
あなたが動かなければ
あなたの影は勝手に大きく膨らんでいくのです。
あなたの中にある素晴らしい光に照らされ
あなた自身は何も変わらずとも
何倍も何倍もその影響力は大きくなるのです。
ですから、まずはあなたがあなたを見つけることが大切なのです。
肩書や収入は何の意味もありません。
あなたの中には素晴らしい愛の泉が眠っています。
今ももちろんあふれる愛の中で生きるあなたですが
影を追い求めることをやめ
そのままの魅力を世界に放つとき
聖母マリアのような輝きをその身に宿すことでしょう。
あなたの中には際限なくあふれる泉があります。
それを今は自覚していると思います。
そしてそれを何故か制限している。
愛をあふれさせていけないと、
なぜか思い込んでいる。
それを一つ気づいてもらえると嬉しいです。
私には愛の泉があり
それはこんこんとあふれ続けている。
止めようとしても止められるものはなく
決して枯れさせることができない。
それに私は時折絶望する。
この愛の泉を開放してはいけないのに。
この愛の泉を開放したら
私は大変なことになってしまうのに。
誰かどうか
私の泉を枯れさせて。
そう願っても私の中で
こんこんと愛はわき続ける。
私が拒否しようと
私が否定しようと
私は愛し続けてしまう。
私が傷つき血を流そうとも
私は愛することを止めることができない。
私は愛することを止めることができないのだ。
それほどまでに深い愛を
あなたはその身の中に秘めています。
その愛を開放することは
恐ろしいことかもしれません。
あなたに予想のできないハプニングやアクシデントを
次々と運んでくるかもしれません。
あなたを傷つけ利用する人々が現れるかもしれません。
あなたは分かっているのです。
その人々すら愛してしまうことを。
その深い愛があなたの中にあることを。
もしかしたら
ご自身の中の自分のイメージとは
違った印象かもしれませんね。
もっとドライで軽やかな自分をイメージしているのかもしれません。
それもよろしいのです。
どちらも素晴らしいあなた自身なのですから。
私が今お伝えしていることは
何が正解か、ということを教えるためではありません。
私は正解ではありません。
正解があるとするならば
あなたが感じたことがただ唯一の正解です。
あなたがこの世界の真実です。
あなたが感じたことを信じてください。
あなたが受け取ったものを信じてください。
それだけがこの世界の中の真実なのですから。
神の意思を聞くとき
そこに他者は必要ありません。
山奥で一人悟りを開くように
神の意思はあなたへと伝えられるのです。
あなた自身の神とつながるとき
そこに他者は介在しないのです。
ですから、どうぞご自身の神を信じてください。
私はいつもあなたのそばにいます。
私はいつもあなたを見守っています。
あなたの中に私はいます。
私の中にあなたはいます。
目を閉じ
心の風景を見つめてください。
私の姿が見えてくることでしょう。
それを信じてください。
私はいつもあなたのそばにいます。
あなたがあなたを生きることを決めると
今まで保ってきた常識や普通が崩れ去っていくでしょう。
あなたのありのままは
この世界の枠では収まりきらないのです。
とても変わっていて自由。
あなたの本性は変わり者なのです。
常識や普通などあなたの中にはありません。
そこに当てはまるものなど
あなたの本来の輝きに比べれば些細なものです。
変わっている自分を許してください。
突拍子もない自分。
破天荒な自分。
誰も理解できない自分。
そのすべてのあなたを
あなたが愛してください。
その源からあふれる愛で。
あなた自身の変わったところを強調すればするほど
あなたの現実は変わっていくでしょう。
他者との違いを表現すればするほど
現実の創造は進んでいくでしょう。
変わっていることを恐れないでください。
大丈夫です。
あなたには神の意志を広める役割があり
それは見えない世界からの応援でもあるのです。
あなたが他者との違いを自覚すればするほど
その違いを通して
神の意思はあなたに伝わります。
曰く、
あなたのその違いを表現してください。
と。
けれど、
あなたは違いを表現するのに
違う表現も愛してしまうのです。
それはあなたの特性と言ってよいでしょう。
あなたと違うものすら
あなたと同じように愛してしまう。
それは覚悟がないと
愛の泉を開くことはできません。
なぜなら
批判されることも含めて
あなたは人を愛してしまうからです。
たとえ
あなたとの違いを理解できず
あなたのことを浅はかに批判し傷つける人すら
あなたは愛してしまうことを
魂の深い部分では理解しているからです。
ですから
あなたはなかなか
自分自身を表すことができませんし
表現することに制限を感じますし
愛することすら制限してしまうのです。
それはあなたが決めることでしか変えることはできません。
傷つくことを恐れ
表現を閉じ
曖昧に笑いながら
人々の中で過ごすのか。
自身を表し
傷つき傷つけられ
それでも人を愛し
神の意志を広めていくのか。
どちらを選んでもあなたの素晴らしい人生です。
それは変わることはありません。
どちらにしろ
別次元のあなたが
今のあなたが選ばなかった体験をするのですから。
そうだとしたら、
あなたはどちらを選びたいですか?
どちらでも良いのです。
どちらでも大丈夫です。
それは棒を倒して行く先を決めるくらい
軽やかでいいのです。
あなたの決断に間違いなどありません。
あるはずがないのです。
あなた自身がこの世界の創造主なのですから。
あなたはあまり
自分自身の内面というものを
深くえぐらないほうがよいでしょう。
自分自身に深く沈めば沈むほど
不要な傷を掘り起こし
まるで自傷するかのように
何度も何度も不快な感情を感じ続けてしまいます。
それよりも
ご自身の中にある「愛」に目を向けてください。
あなたの中のときめき・好み
あなたの中の喜び・わくわく
それら全てのあなたを喜ばせるもの。
もちろん、悲しいときに悲しみを感じることは大切なことです。
ですが、
あなたの場合
感情にフォーカスし続けると
不要な痛みを得ることが多いのです。
感じる必要がない痛み。
それはまるで
治りかけのかさぶたが気になって
無理やり剥がしているような痛みです。
そうして、少しずつその傷は大きくなり
もはや無視できないほどの痛みになってしまいます。
大切なのは
一時の感情に流されすぎないということです。
あなた自身でその感情を選択していることを知ることです。
事実と感情を切り離してください。
それはノートに書くなどして
視覚的に具体的に捉えてみると良いでしょう。
なにか傷つくことがあったのなら
事実と感じたことに分けてみるのです。
それを客観視してみるのです。
客観視する際、
ノートに書き出すことが
あなたの助けになってくれます。
なにか忘れられない出来事があるとするなら
ノートに書き出すことを何度も繰り返してみるです。
いつ、誰が、どこで、なにを、どうしたのか。
このとき、「なぜ」という問は必要ありません。
「なぜ」は憶測を含んでしまうからです。
人は自分も含めて簡単に理由を作り上げてしまいます。
偽りの理由を
その場の感情に任せて作り上げしまうのです。
ですから、客観視するときに見るものは
いつ、誰が、どこで、なにを、どうしたのか。
ということだけを見てください。
その事実に対する感情を
赤裸々に書き出してみてください。
あなたは人を傷つけることは本質的にはできません。
どうしても優しさを持ち合わせてしまうからです。
その中で、
自分の感じたことを素直に認めてあげてください。
さみしい
かなしい
こわい
いやだ
きらい
くるしい
いたい
やめて
そんな子どものような叫びを大切にしてほしいのです。
ノートの中では大人になる必要はありません。
子どものままあなたの気持ちを大切にしてあげてください。
物分りの良い
都合のいい子にならなくて大丈夫です。
わがままで幼稚なあなたになってください。
それをあなたの深い愛情で受け入れてあげてください。
そんなあなたこそが
この世界から愛されるあなたなのですよ。
あなたの魅力をあなたが決めなくていいのです。
人はみな
自由にあなたを見つめ
自由にあなたを愛します。
愛されることを恐れないでください。
あなたと同じほどの愛を注がれることを恐れないでください。
あなたの深い愛を注ぎ合う相手がいることを知ってください。
特定の人とだけ仲良くなり
特別なグループを作ることを否定しないでください。
そのグループ以外の人を拒絶することを嫌悪しないでください。
あなたは深い愛情を持っていますが
それを注ぐ相手を選んでいいのですよ。
無限の愛の泉を持っているからといって
誰でも愛さなくてもいいのです。
あなたが選んでいいのです。
そこに罪悪感をもつ必要はありません。
あなたには権利がある。
あなたの泉の水を分け与える相手を選ぶ権利が。
それが自然とできるようになったとき、
あなたへの神の伝言はますます清らかに美しくなるでしょう。
その清らかさと美しさを求めて
あなたのもとへたくさんの人々がやってくるでしょう。
最後にあなたにお伝えしたいことは
あなた自身に価値がある、ということです。
あなたの影に価値があるわけではありません。
あなたは今のままでも素晴らしいのです。
私がお伝えしたいのはそれだけなのです。
愛しいあなた。
私たちはいつもあなたのそばで
あなたの行く先を照らしています。
よく決意してくれましたね。
あなたには神の意志を人々に伝える役割があります。
そしてそれを受け入れるために
このメッセージを受け取ることを選んだのです。
それはあなたの魂の深い部分の決意です。
自覚するのは難しいかもしれませんが
あなたがそれを選んだということにかわりありません。
もう一度お伝えします。
あなたには
神、宇宙意識、高次存在、
そういった光の者たちからのメッセージを
広く人々に伝えていく役割があるのです。
そのためにあなたの姿・声・美しさは与えられました。
与えられたというより
あなたが選んだ、と言ってよろしいでしょう。
ですので、
ご自身の長所とも言える部分は思う存分
使っていただきたいのです。
それはあなたのガイドからのメッセージとも一致します。
そのときに一つ心に留めておいてほしいことがあります。
それは
具体的な結果というものを求めないでください、
ということです。
目に見える結果、数字、そういったものに意味はありません。
それに惑わされないでください。
誰かと自分を比べて
自分の価値を勝手に設定しないでください。
自分は何よりも尊いものだと自覚してください。
あなたにとって実績を作る、ということは意味のないことです。
それよりももっとご自身の素晴らしさに目を向けてください。
あなたは何よりも美しく優しく深く温かいのです。
それをまず認めてください。
数字に価値を求めるということは
あなたにとって
自分の影に追いつこうと
走り回っている状態なのです。
それはいつまでも終わりません。
いつまでも影を追い続けることとなります。
ですから、
まず「今」この状態で
私は何よりも尊く素晴らしい存在であることを認めてください。
あなたが動かなければ
あなたの影は勝手に大きく膨らんでいくのです。
あなたの中にある素晴らしい光に照らされ
あなた自身は何も変わらずとも
何倍も何倍もその影響力は大きくなるのです。
ですから、まずはあなたがあなたを見つけることが大切なのです。
肩書や収入は何の意味もありません。
あなたの中には素晴らしい愛の泉が眠っています。
今ももちろんあふれる愛の中で生きるあなたですが
影を追い求めることをやめ
そのままの魅力を世界に放つとき
聖母マリアのような輝きをその身に宿すことでしょう。
あなたの中には際限なくあふれる泉があります。
それを今は自覚していると思います。
そしてそれを何故か制限している。
愛をあふれさせていけないと、
なぜか思い込んでいる。
それを一つ気づいてもらえると嬉しいです。
私には愛の泉があり
それはこんこんとあふれ続けている。
止めようとしても止められるものはなく
決して枯れさせることができない。
それに私は時折絶望する。
この愛の泉を開放してはいけないのに。
この愛の泉を開放したら
私は大変なことになってしまうのに。
誰かどうか
私の泉を枯れさせて。
そう願っても私の中で
こんこんと愛はわき続ける。
私が拒否しようと
私が否定しようと
私は愛し続けてしまう。
私が傷つき血を流そうとも
私は愛することを止めることができない。
私は愛することを止めることができないのだ。
それほどまでに深い愛を
あなたはその身の中に秘めています。
その愛を開放することは
恐ろしいことかもしれません。
あなたに予想のできないハプニングやアクシデントを
次々と運んでくるかもしれません。
あなたを傷つけ利用する人々が現れるかもしれません。
あなたは分かっているのです。
その人々すら愛してしまうことを。
その深い愛があなたの中にあることを。
もしかしたら
ご自身の中の自分のイメージとは
違った印象かもしれませんね。
もっとドライで軽やかな自分をイメージしているのかもしれません。
それもよろしいのです。
どちらも素晴らしいあなた自身なのですから。
私が今お伝えしていることは
何が正解か、ということを教えるためではありません。
私は正解ではありません。
正解があるとするならば
あなたが感じたことがただ唯一の正解です。
あなたがこの世界の真実です。
あなたが感じたことを信じてください。
あなたが受け取ったものを信じてください。
それだけがこの世界の中の真実なのですから。
神の意思を聞くとき
そこに他者は必要ありません。
山奥で一人悟りを開くように
神の意思はあなたへと伝えられるのです。
あなた自身の神とつながるとき
そこに他者は介在しないのです。
ですから、どうぞご自身の神を信じてください。
私はいつもあなたのそばにいます。
私はいつもあなたを見守っています。
あなたの中に私はいます。
私の中にあなたはいます。
目を閉じ
心の風景を見つめてください。
私の姿が見えてくることでしょう。
それを信じてください。
私はいつもあなたのそばにいます。
あなたがあなたを生きることを決めると
今まで保ってきた常識や普通が崩れ去っていくでしょう。
あなたのありのままは
この世界の枠では収まりきらないのです。
とても変わっていて自由。
あなたの本性は変わり者なのです。
常識や普通などあなたの中にはありません。
そこに当てはまるものなど
あなたの本来の輝きに比べれば些細なものです。
変わっている自分を許してください。
突拍子もない自分。
破天荒な自分。
誰も理解できない自分。
そのすべてのあなたを
あなたが愛してください。
その源からあふれる愛で。
あなた自身の変わったところを強調すればするほど
あなたの現実は変わっていくでしょう。
他者との違いを表現すればするほど
現実の創造は進んでいくでしょう。
変わっていることを恐れないでください。
大丈夫です。
あなたには神の意志を広める役割があり
それは見えない世界からの応援でもあるのです。
あなたが他者との違いを自覚すればするほど
その違いを通して
神の意思はあなたに伝わります。
曰く、
あなたのその違いを表現してください。
と。
けれど、
あなたは違いを表現するのに
違う表現も愛してしまうのです。
それはあなたの特性と言ってよいでしょう。
あなたと違うものすら
あなたと同じように愛してしまう。
それは覚悟がないと
愛の泉を開くことはできません。
なぜなら
批判されることも含めて
あなたは人を愛してしまうからです。
たとえ
あなたとの違いを理解できず
あなたのことを浅はかに批判し傷つける人すら
あなたは愛してしまうことを
魂の深い部分では理解しているからです。
ですから
あなたはなかなか
自分自身を表すことができませんし
表現することに制限を感じますし
愛することすら制限してしまうのです。
それはあなたが決めることでしか変えることはできません。
傷つくことを恐れ
表現を閉じ
曖昧に笑いながら
人々の中で過ごすのか。
自身を表し
傷つき傷つけられ
それでも人を愛し
神の意志を広めていくのか。
どちらを選んでもあなたの素晴らしい人生です。
それは変わることはありません。
どちらにしろ
別次元のあなたが
今のあなたが選ばなかった体験をするのですから。
そうだとしたら、
あなたはどちらを選びたいですか?
どちらでも良いのです。
どちらでも大丈夫です。
それは棒を倒して行く先を決めるくらい
軽やかでいいのです。
あなたの決断に間違いなどありません。
あるはずがないのです。
あなた自身がこの世界の創造主なのですから。
あなたはあまり
自分自身の内面というものを
深くえぐらないほうがよいでしょう。
自分自身に深く沈めば沈むほど
不要な傷を掘り起こし
まるで自傷するかのように
何度も何度も不快な感情を感じ続けてしまいます。
それよりも
ご自身の中にある「愛」に目を向けてください。
あなたの中のときめき・好み
あなたの中の喜び・わくわく
それら全てのあなたを喜ばせるもの。
もちろん、悲しいときに悲しみを感じることは大切なことです。
ですが、
あなたの場合
感情にフォーカスし続けると
不要な痛みを得ることが多いのです。
感じる必要がない痛み。
それはまるで
治りかけのかさぶたが気になって
無理やり剥がしているような痛みです。
そうして、少しずつその傷は大きくなり
もはや無視できないほどの痛みになってしまいます。
大切なのは
一時の感情に流されすぎないということです。
あなた自身でその感情を選択していることを知ることです。
事実と感情を切り離してください。
それはノートに書くなどして
視覚的に具体的に捉えてみると良いでしょう。
なにか傷つくことがあったのなら
事実と感じたことに分けてみるのです。
それを客観視してみるのです。
客観視する際、
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あなたの助けになってくれます。
なにか忘れられない出来事があるとするなら
ノートに書き出すことを何度も繰り返してみるです。
いつ、誰が、どこで、なにを、どうしたのか。
このとき、「なぜ」という問は必要ありません。
「なぜ」は憶測を含んでしまうからです。
人は自分も含めて簡単に理由を作り上げてしまいます。
偽りの理由を
その場の感情に任せて作り上げしまうのです。
ですから、客観視するときに見るものは
いつ、誰が、どこで、なにを、どうしたのか。
ということだけを見てください。
その事実に対する感情を
赤裸々に書き出してみてください。
あなたは人を傷つけることは本質的にはできません。
どうしても優しさを持ち合わせてしまうからです。
その中で、
自分の感じたことを素直に認めてあげてください。
さみしい
かなしい
こわい
いやだ
きらい
くるしい
いたい
やめて
そんな子どものような叫びを大切にしてほしいのです。
ノートの中では大人になる必要はありません。
子どものままあなたの気持ちを大切にしてあげてください。
物分りの良い
都合のいい子にならなくて大丈夫です。
わがままで幼稚なあなたになってください。
それをあなたの深い愛情で受け入れてあげてください。
そんなあなたこそが
この世界から愛されるあなたなのですよ。
あなたの魅力をあなたが決めなくていいのです。
人はみな
自由にあなたを見つめ
自由にあなたを愛します。
愛されることを恐れないでください。
あなたと同じほどの愛を注がれることを恐れないでください。
あなたの深い愛を注ぎ合う相手がいることを知ってください。
特定の人とだけ仲良くなり
特別なグループを作ることを否定しないでください。
そのグループ以外の人を拒絶することを嫌悪しないでください。
あなたは深い愛情を持っていますが
それを注ぐ相手を選んでいいのですよ。
無限の愛の泉を持っているからといって
誰でも愛さなくてもいいのです。
あなたが選んでいいのです。
そこに罪悪感をもつ必要はありません。
あなたには権利がある。
あなたの泉の水を分け与える相手を選ぶ権利が。
それが自然とできるようになったとき、
あなたへの神の伝言はますます清らかに美しくなるでしょう。
その清らかさと美しさを求めて
あなたのもとへたくさんの人々がやってくるでしょう。
最後にあなたにお伝えしたいことは
あなた自身に価値がある、ということです。
あなたの影に価値があるわけではありません。
あなたは今のままでも素晴らしいのです。
私がお伝えしたいのはそれだけなのです。
愛しいあなた。
私たちはいつもあなたのそばで
あなたの行く先を照らしています。