心の蓋 | 自転車から今日は♪

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坂道の多い所に住んでます。
愛用のママチャリで鼻歌歌うのが大好きです。
小さなおうちでの生活をのんびり綴ってみたいと思います♪

「自分の心に蓋をする」


という言葉がある。


これ、どういう意味があるんだろう。

この心の蓋についての解釈や説明は、たくさんの方が

説明して下さり、私もそれを読みながら


ふんふん なるほどぉ~

そういうもんよねぇ~


と大きなカップでコーヒーがぶ飲みしながら

わかったポーズをとっているのだが、

正直この蓋の意味、実は私、いまいちわかっていない。


たぶんここでいう蓋って、もっと感覚的なものだからなんだと思う。


人様から


アナタの心にかぶせられた蓋は

これこれ、こういうものなんですよー


っていわれても、

ああ そっかー

言われてみればそうよねー

なるほどねー


と思うのだけど、どうも、こう…

もやがかかるのである。


なんでなんだろうなぁ


私に今かぶせられてる蓋って、

たぶん得体がいしれないもので

いや、本当はどこかで気づいているのに

みないようにして、その上から蓋してて

だから…



あーーー!

(これ、どっかでよんだぞー)


なるほどー

こうやって、整理してみると、みえてくるんだ

そっか、だから説明読んだだけじゃ、永遠にわからないんだ


では、今日は、交通整理の意味もこめて

もひとついこうか


私は去年から、ぬかるみの中を泥だらけで

もがいていたけど、なんとなく最近わかったのだが


いろんな自分の感情が、ずっと奥の方でどんどん

ひとまとまりになって、固まっていくような

そんな感覚が自分の中でおこっている気がする。


例えて言うのなら、痰ができあがっていくような

(汚い例えでスミマセン)

そういう感じである。


実はこのムカムカする感覚

昨年ヒーリングを行ってた時にもでてきた。


「タラコみたいなもの」と表現された。

中には哀しみや苦しみや怒りやそういうものが、カプセル

みたいにつまっているようなもの

こういう説明を私は受けた。

そして、そういう感情に蓋をして、いつも表面上の自分という

「みなみブランド」のラベルを装着


今の私はそうした蓋がはずれやすくなって、不安定に

なっているのだとその時説明を受けた。


ここで私が探ろうとしている蓋は、おそらくこの類の蓋

なんだと思うのだが、この蓋の意味が何を意味するのか

私にはさっぱりわからない。


そして、ついそんな謎を解きたくて、蓋の意味をさぐりたく

なるのだが、心のどこかで、こういう声もきこえるのである。

(語っているのは麗しの白みなみか?)


蓋の意味を探るのに何の意味があるというの?

自分は何か違和感を感じた

何かわからないけど取り除かなきゃと感じてる


その感覚を自分でつかむことができた事だけでも

すごいことなんじゃない


そして蓋がなにかなんて、そんなもの取り除いて

中のものがわんさかでてきて、そういうことがあってはじめて

ああそうかってわかるもんじゃないかしら


うーん…

そーよねぇ…


自分の中の白いやつは、そんな風にいっているような感じがする。

この自分の感覚を信じてみたい。


思えば昔、20代の頃、

昔話の「鉢かづき」の物語を題材に、セラピーを行ったことが

あったのだが、あれもキーワードが大きな鉢だった。


きっとこの鉢も、蓋と同じような意味をもつんだろうなぁ


ついつい追求してみたくなるのが私の悪いクセだが

今回は頭をつかうんじゃなく、自分の感覚で感じてみたい。


私の中のもやもやは、タラコという感じでもなく、

痰…それももっと、どろっとした気持ちの悪い物で

巨大なナメクジみたいなイメージがある。


私はこれを吐き出したいのであるが、吐いても、吐いても

どんどんでてきそうで、それが怖い。

またそういう遺物を自分から出すのにも

エネルギーがいる。


もうひといきで、自分からだせそうなのに、私は

エネルギーが枯渇して力尽きてしまう。

そんな悔しさもどこかにある。


ああ…

もう、あと一息なのに…


私は無意識に、自分の好きなものを必死でさがしている。

こういうった自分を幸せにしてくれるものが

自分を勇気づけて力をかしてくれるような

そんな感じがするからなんだろうな


現実から逃げてると、どこかで後ろめたさもあるのだが

でも、とにかく元気にならなきゃはじまらない


時々こうやって、自分をふりかえって整理してみるのも

いいものだと思う。


またなにか感じたら

かいてみよう