”3月10日の東京大空襲、そして3.11の東日本大震災&福島原発事故を忘れない!

 

1945年3月10日の東京大空襲

この残虐非道な爆撃を考え実行したのはアメリカの軍人ルメイです。

ルメイは、手柄ほしさ?に、日本式の家には低空用の対空砲火がなかったことを知って、焼夷弾を有効活用。東京を焼け野原にし、10万人以上が犠牲になりました。

この作戦の指揮官ルメイに、佐藤栄作総理は、大一等旭日大勲章を贈呈しています

「航空自衛隊の育成ならびに日米両国の親善関係に終始献身的な労力と積極的な熱意とをもって尽力した」ということが理由だったそうですが、市民を無差別大量虐殺してくれてありがとうと言わんばかり!

佐藤総理は「非核三原則」でノーベル賞をもらいながら、陰ではそれを無視する密約もアメリカと交わしていました。(ノーベル賞返してください。)

A級戦犯だった岸の親戚は、こんなアメぽちばかりです。

 

3.11への私の思いは複雑です。

地震津波の災害だけであったら、東北の復興はもっと早かったと思うし、観光や生産物への応援ももっとあったと思うのです。

ところが、原発事故が重なり、この事故をなかったことにしたい政府や東電は隠蔽や洗脳など、ありえない対応を取り続けてきました。住まいや生業を奪われた人たちの避難は当然ですが、今、政府はまだ放射線量の高い地域に人を戻しています。

放射能汚染された地域でも、事故当時から作物を作らせ、実際に汚染されていても「風評被害」だといい、「食べて応援」という言葉で現地のものを流通させ、更に汚染されたがれきや土壌は日本各地にバラまいています。

原則は「汚染された地域から人を逃し、汚染はそこにとどめておく」ことです。

間違った政策と方針で、全土に汚染物質がばらまかれ、人は不健康な汚染地帯に帰そうとする・・そのため、一生懸命作られた作物も、汚染されていなくても「風評被害」で売れない。

あるいは、生計のため、やむを得ず汚染地域で作らされている人も・・。

本当はそこに帰っても、そこで作物を作ってもいけないのです。

人が住むからには住めるようにしなければいけません。しかし、放射能はいかんともできず、

それを無視して、交通や施設、教育施設などが次々と準備されていきます。

復興を喜んでいいのかよくわからない、複雑な気持ちです。

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安倍ソウリはかつて、「電源喪失は怒り得ない」といって地震対策をさせなかったことで知られています。3・11の直接戦犯は安倍総理です。

そんな戦犯安倍総理が福島に来て、「全国の人たちに浜通りに住んでもらいたい」と言われたそうです。

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