代官山で女性の評価と美について考えてみた | 言葉のプロデューサーなまず美紀の日記「先生あのね」
代官山にて。ビジネスが順調で、「登壇します」の会場からのSNS投稿に、「今日もキレイですね✨」というコメントがつく女性と、女性は得か損かという話で盛り上がった😆




女性はミス○○コンテストの年齢を超えても、ミセス○○があり、美魔女○○があり、「諦めることを許されない環境」という選択肢が永遠に続く最近の傾向。
さすがに、外見の美だけを競うことは疑問視されてはいても、「社会貢献度×美」などという姿に変えて、競争は続く。

「美しき○○(きれいで→才能もあるよね)」か、あるいは、見た目の造形美の判断を超越できるほどの圧倒的な才能と貢献度がある女性か。

女性はどの分野に行っても、どの年齢になっても、外向きにも、内向き(自己評価と自信)にも、つまり縦にも横にも外にも奥にも、美という概念がついて回る。



男性は「才能や社会貢献だけフォーカスされているけれど→密かに美男子だよね」っていう人が結構いて(歴史の教科書で目を付けた的なとても個人的な趣向)、

この後半の「密かに美男子だよね」は、個人の自由だし、やっぱりこの順番が真っ当な気がする。



とはいえ、個人的には女性として美しくありたいし、その方が自分が心地よいし、仕事にも前向きになれる気がする。もちろん、美しいと褒めてもらうと、何も言われないより100倍嬉しい。たとえ、その価値観が何かに反していると言われても。


それにね、実は、普段「あの人は男に負けず、才能を発揮して活躍していて、すごい!」「女をウリにする女はキライだ」と言っている女性も、女友達のビジネス関連の投稿に対して思わず?「キレイ✨」のコメントをしたりしているので、もうすべての女性は存在だけで、やっぱり美しいのではないかと思ってしまう。


特に、自分の才能を発揮したり、何かに貢献したり、芯から幸福を感じている女性は。


なので今夜も自分の内外の美を磨こうと思います。

言葉のプロデューサーなまず美紀でした。


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