私にとって、14歳(中学2年生)の年は、忘れられない年になりました。

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私の祖母のことを、何度か記事にしたことがあります。

それでもアメリカを恨まなかった。
昨日の自分より今日の自分。
私を作っている言葉たち。

破天荒な祖母で、かなり厳しかったんですが、「人としてどう生きるか」の部分を教えてもらいました。

この祖母は、実の祖母です。
私を生んだ母の母親ですね。

ややこしいですが、この14歳の時点で、私は生みの母と会ったことはありませんでした。
ですが、祖母は孫である私のことを、気にかけていてくれたようです。

そして、私の境遇を何かのつてで知り、私の父に直談判して、一緒に暮らすことを提案してくれました。


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私が父から祖母と住むことを提案されたとき、精神的にボロボロの状態でした。
というのは、母からの言葉の暴力に耐えかねて、なおかつ「この人は本当の母親なんだろうか」という疑問が心から抜けなかったんです。

私は、本当のことを知りたかった。
自分の人生が誰のものなのかを知りたかったんです。

中学生が思いつくこと。
それは、自分の戸籍謄本を見ることでした。

 


そして、予想通りの結果。
今いる母は再婚で、実の母はどこかにいると。

この時の気持ちを文字にすることはできません。

悲しい気持ち。
納得した気持ち。
ホッとした気持ち。
くやしい気持ち。
情けない気持ち。
そして、両親をうらむ気持ち。

でも、そんなドン底な気持ちのときに、手を差し伸べてくれたのが祖母だったんです。


つづく。