天使ママの皆さんはお子様のお産を、子どもの生きた軌跡を、どのように感じているでしょうか。




私は悔いがないといえば嘘で、

もっとだっこしたかったな、もっと隣で過ごしたかったなと思うところはあります。





だけど、あおくんの状況とこの時代(コロナ禍)を考えると、できる限りの時間を一緒に過ごせて、あおくんにできる限りの事を精一杯することができたと




そして本当にがんばるあおくんは、精一杯自分の人生を生き切ったと




誇らしい気持ちが強いです。



動画を振り返ると、何気ない面会場面で、私のあおくんに対する声かけとあおくんとのやりとりをみていると、



笑うあおくんのお顔が見たいって、自分の一生懸命な「叫び」みたいな声かけを聞いて、



この頃の自分を思い、思わず涙が出てきました。




あと、出産に悔いはないです。




医療の進歩したこの時代にあって、あおくんは医療にの手によって命を救われました。



初めは、この早すぎる妊娠27週でお腹を切ってまで赤ちゃんを取り上げるなんて、、赤ちゃんはどんな状態?


私はそこまでして、産もうと思わない。




と言う気持ちがあったのですが、緊急の状況でなにもわからない自分は、流れに任せたんです。




助かる、というドクターの言葉を信じた旦那さんにみかちゃん!と背中を押され、



慌てるドクターや看護師さんに身を任せた。




医療の手に任せる流れとなりました。これが、時代に任せるということ。



医療の発展途上であれば、自然の摂理に任せていたのでしょう。




医療なしでは生きられないあおくんは、生きること自体が「治療」であり、「治療」が「一生」。



生まれた時から私の手から離れ、医療のものになったと言っても過言じゃないんじゃないかな。



病院に赤ちゃんを取られた、という表現をされる方も数名、ブログでお見かけしました。




この時代に私が生きていて、医療の手で未熟な赤ちゃんを出産し、更に、未熟であることと輸血による脳出血を発症し、医療がないと生きていけない子どもに寄り添った



というのが、特殊な私の「育児」。





医療は人の命のあり方、「幸せ」と「生きる」ということを、自分を見失いそうになるくらいまで考えさせる。




その思考に振り回されないように、必死に答えを見つける姿が、医療的ケア児、広くは障がい児をもつ親の姿だと思う。




振り回されそうで、不安な気持ちはここに書かせてもらう事で、気持ちを整理させてもらってきました。




だから私は、地に足をつけてあおくんと私の時間をしっかりと、納得して(というよりは医療に振り回されるまいと無理矢理思考を追いつかせ)歩めたと感じています。




「幸せなお産でしたか?」



「母子ともに、子どもが歩んだその運命を、全うできましたか?」




先日、グリーフケア研修を受けました。



病院で行われるグリーフケアの実際を知るものです。

ご縁があり、あおくんの病院の実践を知ることができました。




適切なグリーフケアは、これらの問いをYESにするのかなと感じました。




それくらい、グリーフケアの意義を感じました。




本当はグリーフケアだけでいいのではなく、もう一つ大事なのは、

社会の理解。



当事者への気持ちの配慮があること。



それも、広い意味では「グリーフケア」に入るのだと思います。




だけど、今の社会では難しいと感じています。



流産死産、医療的ケア児の死亡は医療の世界だけの話になっていて、




地域社会は知り得ない。だから当事者の辿る状況も分からないし、悲しみも気持ちに触れる機会もない。




故に「触れてはいけないこと」になり、当事者自身も言わない。傷つきたくないし、言う必要も感じなくて話さない。





もっと、オープンな社会になればいいのにと思うけど、どうだろうか、慎まれることで生きやすい社会でもあるのかな。



普通をよしとする社会、普通とは大多数のことである。少数は「普通でない」「受け入れがたい」


とされる世の中。




いや、それで問題ないのかな。それを疑問視してしまうのは、やはり医療の進歩が人間の命のあり方に対する価値観に、介入してきたからだろう。




流産死産を経験した女性に対する医療とグリーフケアを学ぶ研修でした。




産科医の先生のお話し。




衝撃を受けた言葉が、


全ての妊娠のうち、生児に恵まれるのは30%



なので、流産死産は異常とは見ていない。

ありえるもの。




という見方で、日々妊婦さんに向き合われているということ。




胎児死亡を確認すると、入院し死児の出産を行うと。




それには、妊婦さんに多大な心のダメージをもたらす。子どもを亡くしたという喪失感、自分を責める、女性性の喪失、自己肯定感の低下など。




妊娠とは、妊娠した瞬間から不安である。



それゆえに、流産特に死産はキツいイベントである。





死児の出産。私はその実際を知ったのはドラマ「コウノドリ」。



なんて辛いんだろう。考えただけでも息苦しくなる。



胎児死亡の診断を受けると、妊婦は死児の出産に向けての説明を受ける事になる。




グリーフケアはそこから始まる。医療スタッフさんによる、妊婦さんとそのご家族に対する「心の配慮」、いえ、「覚悟の寄り添い」。



覚悟であると、仰っていました。




出産のための入院は、他の妊婦さんに見かけたり、その胎児心音が聴こえない環境を調整する。





出産後、赤ちゃんに会うか会わないかの希望をお聞きする。会うとしたら、そこでやりたい事、出来る事を一緒に話し合います。




だっこやカンガルーケア、手形足形をとったり、服を着せたり。ご家族だけの時間をもつ等。




息をしていてもしていなくても、赤ちゃんへの対応は変わりません。




お母さんの希望で、上の子の服のお下がりから、赤ちゃんへの小さな服を作り、持ってこられたお母さん。



生まれた赤ちゃんに服を着せてあげて、だっこをするお母さんと赤ちゃんの写真が流れました。





看護師さんが、取った手形足形を可愛くアレンジし、メッセージを添えてお母さんにプレゼントされたものの写真。





赤ちゃんとの面会を希望されない場合、赤ちゃんの入棺までを病院でします。





ご家族が懸命に考え、希望された産後の時間を、大切に過ごせるようにします。




ご家族だけで赤ちゃんとの時間を過ごせるお部屋があり、その光景が流れました。




私があおくんと最期に過ごしたお部屋だ。

オルゴールの音が鳴っていて、最後にあおくんが大好きなお風呂に入れてあげることができた。




この時のあおくんは、私の耳元で飛んでいるのを感じた。ママ〜ぼくいっぱい動けるよいっぱい遊ぼうよ❗️アハハハッ😆って。




だから私も笑顔であおくんの最後の沐浴ができた。あおくんの肌の色はいつもの肌色にもう一枚の白さを纏った色だった。




そして、いつもはお口やお目目、腕や足の少し動いたたけど、全身の力が抜けて、ぴくりともしなかったけど、




笑顔のあおくんが私の近くに飛んでいたから、私も和やかな気持ちだったのを覚えています。




出産のための入院中に行うのは、死亡証書と葬儀の手続きの説明も。




葬儀の手続きは、悲嘆のお気持ちの中にありながらもやらなければならないもの。



それらを少しでもスムーズに行えるように、お手紙(葬儀までの流れ等の説明書)を作成してお渡しされています。



入院し出産して退院されるまでの、病院で過ごす時間は、大変な気持ちの中にいるので、病院のお話しが頭に入らないもの。




そのため、後で読めるようにと、お手紙作成を大切にされていました。





悲しみの気持ちへの労いの言葉、

悲嘆と受容の気持ちのプロセス、

無理をしてはいけないということ(食べることと眠ることだけ頑張ってください。それが出来ない時は、ご連絡ください。)


ということ。





休んでください。忌引き休暇は取れないけど、産休が取れます。期間が短ければ、受診してご相談ください(メンタルで休暇が取れるように配慮してくださるのかな)。



地域に帰ると、色んなことがあります。赤ちゃん生まれた?など悪気はないけど心無い言葉に簡単に、傷つかれることもあるでしょう。ということ。





そして、遺族会の情報と。




グリーフケアを行うスタッフさんは、遺族会にも参加されていました。




遺族会で聞かれた言葉の紹介がありました。



「あの頃は、食べる寝る以前に、息をする事で精一杯でした。」



「日常の生活で、息子の事を話せる機会がなくて。

今日は息子の事を話せる事を楽しみにしてきました☺️」




私もすごく分かる。あおくんの事、喋る機会ってないから、遺族会ってお話しできる場所なんかなって思う☺️。




産後1か月健診で、「笑っている夫の気持ちが分からない」と吐露したお母さん。

お父さんは、お母さんの産後から、仕事に出る。人付き合いが多い職種のお父さんは、指輪をしているだけで当然のように「お子さんは?」と聞かれると。奥様の妊娠を知っている方は特に。


だから職場では結婚指輪を外した。


遺族会でお父さんは、「妻を支えられるのは自分

しかいない。自分が明るくしていないと、と思っていました」



と。



お母さんだけでなくお父さんも、辛い思いを感じている。



「自分が死んだ後の楽しみができました。子どもに会える事です。笑顔で会えるその時まで、しっかり生きないと、と思います」




言葉の一つ一つが自分の心に落ちて、ご遺族様との気持ちが共感できて、癒される思いでした。




遺族会、身近にはなくて、今、悲しみの気持ちに浸ることは多いし、これからも無くなることはないのでしょうが、普通に生活している私には




なかなか参加へアクションが向きませんが、




私の気持ちを自分の口で出せる場所な気がするな🌸



冷たい川で1人、川の中で寒さと辛さに耐えている人がいます。




この人に、どんな支援をしますか?



声をかける。

誰かに助けを求める。

救助用具を投げ入れる。




色んな支援があると思います。



グリーフケアとは、防寒具を付けずに一緒に川に入り、手を取り寄り添うことである、と。


(続けます)