娘にコメントありがとうございました。

お返事を返せなくてごめんなさいm(_ _"m)

まごちゃんも花音ちゃんも見た目は元気です。

ただ心の中は、たくさんの悲しみでいっぱいだと思います。

 

四十九日の法要と納骨も終わりました。

娘が亡くなってもう2ヶ月以上経ちます。

娘のいない生活にいまだに慣れません。

今でもまだ信じられないんですよね。

時が経っても実感が沸かないんです。

家族の死を受け入れるって、

そんなに簡単なことではなかったです。

父や母が亡くなったときとは違う想いです。

わが子を失う苦しさや辛さは簡単には消えないですね。

 

娘は39歳でした。

特に書かなかったけど、

花音ちゃんが生まれる前からシングルマザーでした。

私たち夫婦にはたった一人の子供でした。

一人娘が私たちより先に逝ってしまうなんて思いもしませんでした。

いまもそうだけど、この先のことを考えると不安があります。

考えてもしょうがないってわかってはいるんですが。

娘の病名は乳がんでした。

ステージⅣ、診断された時点で全身に転移あり。

手術はできない状態って言われました。

余命宣告もされました。

それでも希望を捨てずに治療することを選びました。

入院するまでとにかく体が痛いよ~って言ってたんです、

その痛みは相当の痛さだったんだと思います。

でもどうしてあげることもできなかった。

ほんとはもっと早くに入院すれば良かったんだけど、

3月は花音ちゃんの卒業式があってそれに出るからって

痛みを薬で抑えて我慢してたんです。。。

結局は卒業式の数日前に入院になりました。

抗がん剤治療しか選択肢は無くて・・・

検査で数値が悪いと輸血して

それから抗がん剤治療をしてました。

その後、

抗がん剤が効いて入院して1ヶ月半で退院になりました。

しばらくぶりに会った娘はだいぶ痩せてました。

それから数日は、食欲もあり普通に過ごしてました。

退院して家族で一緒に過ごせるのが嬉しかったんだと思います。

娘の退院でいつものウチの賑やかさになり、

主人といつもの生活に戻ったね~って話してました。

このまま治療しながら暮らしていけるって思ってました。

もちろん退院したあとも通院で抗がん剤治療をすることになってました。

でもだんだんと体調が悪くなってたんです。。。

退院して最初の抗がん剤治療をする日に、

まったく動けなくなってしまいました。

退院して18日めに

そのまま緊急入院になりました、

治療室で娘と会話したのが最後になってしまいました・・・

『再入院だけど家で待ってるから頑張ってね!』って言ったんです。

このとき生きてる娘に会うのが最後って思わなくて・・・

入院して抗がん剤すれば、また帰って来るって思って

主人と二人で帰宅したんです。

その翌日の夕方でした急変したのが・・・

病気がわかってからたった3ヶ月ほどでしたあせる

先生は本人は十分頑張りましたよって言ってくれましたが、

納得はできなかったよ。。。

若いから進行が早かったみたいです。

本当に残念でなりません。

亡くなったあと、家に連れて帰りリビングに寝かせました。

一緒にいれる時間はみんなでリビングにいました。

夜は私とまごちゃんと花音ちゃんはママと一緒にリビングで

寝てました。お別れする日まで。

お線香をあげたりテレビみたり話をしたり。。。

まるで娘もそこにいるような感じでした。

私は最初の日、一睡もできませんでした。

まったく眠くなりませんでした。

ずっと起きててぼっーとしてました。

噓だったらいいのに、夢だったらいいのに

って何回も思ったけど、布団に横たわってる娘は起きて

きませんでした。。。

 

 

娘にとっては花音ちゃんのことが一番の気がかりだったと思います。

これからお姉ちゃんとも協力しながら4人で頑張って

行きたいと思います。

 

 

まだ心は落ち着きませんが

これから少しずつブログを再開しようと思ってます。