おはようございますー
田中みっちですー
今日は私のセルフセラピーを
どんな風にやっているのか?
内観を文字化してみましたー
私が日々行っております流れです。
もし、どなたかの
お役に立てましたら幸いです。
心理セラピストとして、みなさまのご相談をお聞きしてきて17年。
でも一番手にしたのは、セルフセラピー。
自分を癒す以上の貢献はないのだから。
昨日。
しんしんと自分の中の感情を
眺めていた。
(小さい頃から、普通に生活してても瞑想状態なので、
いつでもどこでもオープントゥチャネル状態となります。)
※夢見がちだった少女の私は
母からは常に「ぼーっとしてる」と形容されていましたw
わたしの内側にある。
重くて苦しい感情が、表面化してきてくれた。
ずっと、上がって来ず、無意識化されて、
意識化もできなかった事。
それが、感情として現れてきてくれた。
ありがたいありがたい。
(追記:抑圧された感情というのは、認識出来ない感情であります
要は、認識出来る為には、情緒的成熟が必要です。
成熟が進むと、その値に比例して深い課題が浮き彫りになる。
そのような仕組みです)
そして、その感情に話しかけた。
すると、大きな深い悲しみ。
悲哀、落胆、絶望。
名前をつけたら、そんな感じの感情がそこにはある。
そして、ほんの少しの怖いが入り混じっているので
合わせると寂しい。という感情になる。
そして、無価値観と罪悪感。
その感情に、コンタクトを取る。
すると「〇〇さんを救いたい。△△さんを救いたい。◻︎◻︎さんを救いたい。」
と、いろんな人の名前を言い出して、呟きながら泣くのだ。
しっかりと受け止めて。
その次の言葉を待つ。
「でも、わたしには救えない。そんなわたしには価値がない」
と、続く!
で…ぎゃーーーーってなってww
わたしの内側に、まだまだ
【救いたい病】があるんだなーっと、眺めていた。
アート@zeroviajeros
そして、その大きな大きな感情とともにいた。
悲しいね。悲しいね。
救いたいね。笑ってて欲しいね。
笑顔でいて欲しいね。
そして、感じきっていると
わたしの内側の悲しみに、
少しだけスペースが出来てきたので
こう言ってみて。と、自分に伝えた。
「〇〇さんを救っても、救えなくても、私には価値がある」
「△△さんを救っても、救えなくても、私には価値がある」
「◻︎◻︎さんを救っても、救えなくても、私には価値がある」
1つ1つの言葉を反復する。
すると、じんわりと悲しみも恐怖感も、
すーっと消えていく。
そして
「〇〇さんの事、△△さんの事、◻︎◻︎さんの事。
私には救えません。
私には、力がありません。
なので、天にお任せします。
どうぞ、よろしくお願いします。」
と、宇宙に預けた。
宇宙にお任せ。
私以外の方々のことを、
私がなんとかなんか出来ない。
でも宇宙さんなら、なんとか出来る。
その方自身の選択もある。
そして手放し。
誰かを救いたいという思いが、
自分の価値と引っ付いてる時、
それは傲慢さとなる。コントロールとなる。
その方たちを救える私は価値があり、
救えない私は価値がない。
という感覚は、エゴの策略なのだ。
だから、自分の価値と貢献を
引っ付けてはいけないのだ。
心の中での手放しをした途端に、
わたしの心は平和に満たされた。
ふと【あなたの事も、常に見守っています】
というメッセージと共に。
はい。知ってます。
いつも願いを叶えてくれてありがとう。
と、感謝と愛を送る。
しあわせな波動に包まれて。
私は、私をしあわせにしてやる事に
集中する。
わたしの平和が世界の平和に役立つことを知っている。
そして、〇〇さん、△△さん、◻︎◻︎さんが、
喜ぶことで、わたしに出来る事は何かしら?
と、貢献を考える。
そして、この貢献の具体策さえ、
天の指示を待つ。
そして、次にはイマココを楽しむ。
ふと直感(メッセージ)がきた時に、
それぞれの方々へ連絡したり、
電話したり、お手紙書いたり、贈り物をしたりする。
すると、「なんて!絶妙!見てたの?」
なんて、お返事が返ってくる![]()
ふふふ。わたしは無力だけど、
天はなんでも知ったるもの。と、心の中でつぶやく。
そう、それはよかった![]()
と、お相手にお伝えするのみ。
Open to channel
これは、誰にでも与えられている
才能です。


