二年生になった。
可は一つ。
教員養成コースに残れる事になった。
5月になり、地方から進学してきた友人が、教育実習のため帰郷した。
「早い!」
教案の作り方を勉強している途中だったので、びっくりしたのを覚えている。
不安をよそに、教育実習の日程が決まっていく。
短大の担任の先生から呼び出される。
「6月15日から2週間。
頑張ってらっしゃい。」
そして封筒が渡される。
現金が3万円入っていた。
「それは、受け入れてくれた学校への迷惑料だから。 指導教官に渡しなさい。」
そんなことまで、教育実習はしなくてはならなかったのか!
眼の前が暗くなった。
実習生、誰なんだろう。
同級生の誰かだとは思うんだけど。
4年生の先輩はわかんないなあ。
時間は無情に過ぎて、6月15日。
私は担任するクラスもわからず、
とりあえずという感じでクラスが決められた。
担任の体育の先生から
「私のクラスは動物園だから」
不安が否が応でも高まってくる。
懐かしいはずの母校が、
冷たい建物に見えてきた。
指導教官は2年目の女性。
見学している授業は滞り無く進んで、
非常にわかりやすいものだった。
担当授業がない時は、
ひたすら教案作りと、レポートづくり。
焦りは最高潮に達する。
帰宅しても、教案の直し。
教案の作成。教材づくり。
頭は教案でいっぱいだ。
1週間、見学が続いたある日、
指導教官から告げられた。
「今日からあなたが授業を進めて」
稲妻が頭の中で落ちる。
そう、恐れていた瞬間だ。
授業のたびに
英語科のお歴々が後に並ぶ。
生徒よりもそちらに気を取られる。
英語科の実習生は2人。
4大卒の先輩だ。
きれいな英国英語だ。
ますます落ち込む私。
典型的なアメリカンイングリッシュと酷評される。
私は何を言われたかを、もう忘れた。
実習生の集まりでも
一人ぽつねんとしてしまう。
ああ、やっぱり私は集団生活は向いてないんだ。
強烈に覚えているのは、
クラス担任に、
「教員になる気ないでしょ。」
鋭いけど、冷たかった。
全くそのとおり。
私には向いていないと、
実習中に実感していたから。
生徒との交流。
先生たちとの交流。
どちらも苦痛でしかなかった。
生徒たちは可愛かった。
「先生、教えるの上手だね。」
いじらしい生徒もいた。
そんなこんなで2週間の徹夜をしながらの教育実習が終わった。
三田の教室で同窓生との再会。
「お疲れさま〜。」
先生からも
「お疲れ様でした。あとで感想をまとめておいてね。」
やはり、私には教員は向いていない
でも「わかりやすい」と生徒に言われたことは一生忘れられない宝物になった。