「疲れたときは疲れた

辛い時は辛いという心の器を」

 

 

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大好きな仲間が

私のことをイメージして

送ってくれたメッセージに

涙が止まらない。

 

 

 

 

うんうん、そうだよね。

疲れてるのに「疲れてる」って

言えなかったし

言っちゃダメなんだって

閉じ込めていたよね。

 

 

 

 

辛いのに「辛い」って

言うのは恥ずかしいと思っていたし

言ったら負けだと

思っていた。

 

 

 

でも、本当はすごく

疲れていたし

辛いと感じることもあった。

 

 

 

本当はそんな自分なのに

「強いふり」をして

いつも何かと戦っていた。

 

 

 

自分を奮い立たせるために

弱さも

辛さも

しんどさも

全部なかったことにして

感じないようにして

 

 

うまくいっているふり

うまくやっているふり

 

 

まるで

お腹の底に鉛が入っているように

 

 

 

重たくて重たくて

動けなくなっている自分がいた。

 

 

 

自分に正直じゃなかった。

 

 

 

 

だから、

そんなときってパワーがない。

 

 

 

 

私はいつだって

自分にパワーがほしかった。

 

 

パワーがある自分でいたかった。

 

 

だから、パワーがないのに

パワーがあるふりをしていた。

 

 

 

 

でも、

「パワーがあるふりをする自分」には

パワーがなくて

 

 

「パワーがないことに正直な自分」は

パワーがあるんだよね。

 

 

逆説的だけれども・・

 

 

 

 

 

何かが足りない

足さないと

足さないと

もっと足さないと

 

 

今を変えたくて

早く安心したくて

今のままではだめだから

がんばって足りない何かを

手に入れようと思っていた。

 

 

 

もっとがんばらないといけない

だって私は何かが足りないから

 

 

 

そんな声が頭の中で

常に鳴り響いている

 

 

 

弱音を吐いたら負け

弱音を吐く時間あったら動け

弱音を吐くなんて情けない

 

 

もっとがんばれ

もっとやれ

もっとできるでしょ?

 

 

そんな風に自分を

いつの間にか追い詰めていたんだなぁ。

 

 

 

私はずっと

自分の本音を隠していた。

 

 

漏れないように

聞こえないように

知られないように

 

 

 

…と認めたら

なんだか世界が優しかった。

 

 

 

「大変」って

「大きく変わる」って書くんだよね。

 

 

 

大きなジャンプをする前には

思いっきりかがむように

 

 

 

人生で大変なときって

高く飛べるように調整して

力を貯めているとき。

 

 

 

そう思うと

しんどいときこそ

飛躍の準備をする大切な時間。

 

 

 

 

心の細やかな機微を

言葉にするのが好きな私。

 

 

 

これからは

私自身の心の中にある

光も闇も

もっと正直に表現していこう。

 

 

誰かになるんじゃなく

もっと自分自身でありのままに。