前回の続きです。
主治医の先生からの説明では、
今、次女はいつ何が起きてもおかしくない状態であるということを聞かされました。
次女は尿が出なくなっていて
お腹に水がたまってきていている。
このまま出なければ、
お腹にたまった水が肺を圧迫して
呼吸が止まってしまうということ。
尿が出るように、あらゆる処置を
しているが、もともと身体が弱っていて
不安定な状態なので
効果的な治療もリスクが大きいのでできない。
大きな病院に移動させるのもリスクがある。
ひとまず、ここでできる最大限の
処置をしてみます。
…という趣旨の説明がありました。
こんな感じの宣告の場面、
今までたくさんあった。
でも、その時以上に
私はもう、説明がなんにも入ってこない。
夫は冷静に理解しているようで、
先生にいろいろ確認しながら
説明を聞いていました。
そして、
もし最悪の状況になったとき、
心肺蘇生処置を希望するかどうか。
ついに、そんなことを聞かれました。
心肺蘇生することで、
息は吹き返すかもしれないけど、
骨が弱っている次女は逆に
圧迫されて骨折してしまうかもしれない。
もしもの時、ご両親は
どちらを選択しますか…?
そんな究極の悲しすぎる質問を
されたのです。
もう、病状はそこまできているという
ことでしょう。
回復してほしいけど、
「その時」のことも
考えておかねばならない位置に
来てるんだ…
私と夫は、一晩考えさせてもらうことにしました。
考えたくないことを考えることに
なり、苦しい決断をしなくちゃならない。
その時は、ひとまず病状の進行を
遅らせる応急処置が行われるということで
いったん病院を離れました。
私たちは放心状態で
病院の近くのコンビニでお昼を買って
車の中で食べました。
もう、何を食べているか、味がしない。
こういう時って、
味覚が働かなくなるんだな…
そんなことをぼんやり思いながら、
次女が持ち直せるよう、
祈るしかありませんでした。
出産後にNICUに入った時も
こんな場面何回かあった。
そして、数時間後、第一段階の
応急処置が成功して、
次女は少し持ち直したようでした。
「よかった…」
「ほら、強い子っていったでしょ」
一つ一つのことを
そうやって喜ぶことで
次女に何かあるかもしれない恐怖を
紛らわしていたのかもしれません。
次女は、いったん、持ち直しました。
とはいえ、「予断を許さない状況」には
変わりなく、
私たちは病院からいったん帰宅する許可が
出たものの、
「すぐに電話に出られる場所にいること」
を言い渡されました。
私は、次の日からの講座を
キャンセルせねばならなくなり、
駅で手続きをとったりしてバタバタしていました。
家に帰ると、兄姉がいて、
なんだかギュッと二人を抱きしめたくなりました。
この子たちの存在が
ありがたい…
この二人がいることで救われている気持ちに
なっていました。
とりあえず今日の晩は大丈夫そうだけど、
明日、また病院に行かねばならない。
私たちは混乱の中、
スーパーで今夜のおかずを買ったり
病院に泊まるグッズを用意したりして
あわただしく過ごしていました。
スーパーで、バッタリ友達に会いました。
回ってない頭で
今実はこんな状況で…と
簡単に伝えると同時に
「なんで私こんなときに、
ここにいるんだろう…」
と、いつものスーパーなのに
まるで異空間にいるかのように感じて
本当に、変な感じでした。
そして、土曜日。
私たちはまた
病院に向かいました。
