久しぶりにブログを書いたのは、きっかけがあって。
少しヘビーな状況が続いていた由香さんが
このブログで
わたしだって、
責任者の空気を読んで
円滑に回るよう
八方美人なズルいとこだって
たくさんあったのだもの。
と表現していたところ。
「八方美人」
ていうワードがあって
ちょうど私も、そのことを考えていた瞬間があったから、あ、一緒。と思って。
由香さんとは、
やり取りするタイミングで「えっ私も同じようなことを感じてた!
」
ってことがよくあって、
今回のもその一つかなって感じた。
私も、自分のことを八方美人だなーって感じた出来事があった。
その時は、たまたま初めましての人たちの中でグループを組んで意見交換みたいなことをする場面で
その時に「私って一対多数のやり取り本当に苦手だな
」
って感じたんだ。
なんで苦手なのかなって考えた時に
一対一だと、そのときに向き合ってる相手にチューニングできるというか
相手に寄せていきやすい。
でも、一対多数だと
瞬間瞬間で、どの相手にも合わせなくちゃ!って思ってしまって
混乱したり焦ったりしてしまう。
自分を偽っているということではなくて、
大元の顔は同じなんだけど相手によって仮面を付け替えてる、みたいな感覚で
一対一だとひとつの仮面で良いんだけど
一対多数だと、その仮面がたくさんあり過ぎて、
あれ?この人にはどの顔を見せてるんだったっけ?
って混乱するみたいな感じ。
あと、その人用じゃない仮面を見せなきゃいけないことに対して、罪悪感みたいな、恥ずかしさみたいなのも感じる。
そして、とにかく疲れる。
本当の自分がどれなのかわからなくなるような。
これって、相手によって自分の態度を変えてるってことだから
きっと私みたいなことする人が八方美人っていわれるのよね。
なんて思って少し自己嫌悪に陥ってたんだけど、
由香さんのブログで「八方美人」というワードを見た時に
あ、八方美人て、チューニングだ
とも思った。
その場を円滑にしたかったり、
みんなに伝わるようにしたかったり、
和やかにしたいから。
だから八方美人するんだな、と思った。
良い人でいたいわけじゃなくて、
向き合ったその人と、ちゃんと分かりたいし、ちゃんと伝えたい。
でもその時に
充分な時間がなかったり、気持ちに余裕がなかったりすると、それができないタイミングということもよくあることだし、
伝えても伝わらないこともまた、よくあることなんだけど
でも、ちゃんと分かり合いたい、伝え合いたい、っていうのは、ずっと根底にあるし
それが叶わなかった時に、落ち込んだり悲しくなったり
するなぁと、そんなことを考えました。