誰かが歌っている姿を観て泣く
ということを初めて経験して、
自分的にもびっくりだったけど
そのきっかけになったのかも?と思うことがあった。
このファンミに行く数週間前に
一人で実家に帰った。
特に何の理由もなく帰った私に驚く父と
二人で過ごした。
普段は一人で暮らしている父だから
話し相手ができて嬉しいのか、
ずっと話していた。
私は昔から父のことは博識だと思ってきたんだけど、
変わらず色々なことを話してくれるのが嬉しかった。
その変わらなさに、安心した。
長く生きているから理解が深い時事問題や政治の話なんかは勉強になるし、
あの店が潰れたとか新しくなにかができるとか、
駐車場が混むから大きな病院に自転車で行ってるとか(自転車で行けるの⁉︎という衝撃)、
そんな話も面白かった。
今回は初めて
父の若い頃の仕事の話も聞いてみた。
父が若い頃に感じていたのに似た気持ちを
私も今感じているのかも、なんて思えた。
やっぱり親子で、価値観や考えることなんかが似ているからか
父が話すことはすごく理解できる。
それは当然そう思うよね、って何度も思ったし言ったし
それが私にはすごく嬉しかった。
ただそれだけで、
私はこれで良いんだ、って思えた。
実家という場所で
いろんな気持ちを感じながら過ごした日々。
もちろん嫌な気持ちだってたくさん感じたけど、
私は、愛されていた。
父から。
母から。
兄弟から。
祖父母から。
叔父、叔母から。
私は、愛していた。
父を。
母を。
兄弟を。
祖父母を。
叔父、叔母を。
ただの私のままで過ごすだけで良い、
そこに正解も間違いもなく、ただ私である。
そんな感覚を思い出したのかもしれない、と思う。
ただ感じる。
自分でそれを禁止していたつもりもなかったけど、
いろんな出来事や
日常生活の疲れから
感じることに少し蓋をしていたのかもしれない。
普通に感じているつもりだったけど、
本来感じることができる感じ方の数%ぐらいにセーブしていたのかも。
もっと感じて大丈夫だ、と
なんの根拠もなかったけど、大丈夫、そう思えた。
それから、
オーディブルに登録した。
読書は好きだけど、
手も目も塞がれるし👀
まとまった時間が取れなくて
量を読めないのが悩みのタネだったので、
思い切って登録してみた。
月額料金ちょっとお高めかなぁと思ったけど、
本屋さんで読めるかなと思いながら積読本を買うことを思えばそんなに変わらない。
結果、大満足‼︎
やっぱり文章は私に元気をくれる。
(正確には音声だけど)
文章で表現されているものを自分の中に取り込んできたときに広がる風景は、
私だけのものなんだ。
その風景を思い描くということそのものが
私をパワフルにしてくれる。
読書で得られるその感覚が
オーディブルでも得られるので、
とっても満足できたし
以来ほぼ毎日、オーディブル起動させてます。
何か一つおすすめするとしたら
永作博美さんが朗読しているんだけど、
めちゃくちゃ上手い。(当たり前だろ)
声色を何種類も使い分けていたり、台詞の感情の込め方さすが女優さんと思った。
なんとなく聴き始めたけど、すっごく引き込まれて一気に聴き終わっちゃった。
これは文章の巧みさと朗読の技術の相乗効果だと思う‼︎
オーディブルを利用し始めて
日常的に文章に触れるようにして、
どんどん感じ方も元に戻っていった気がする。

