鏡でしかない私。

 

 

 

 

 

 

私って

本当、力がない。

自分から、発せない。

弱々しい。

頼りない。

心の底で

そんなことを思っているから

会社で業務をしていても、

私って本当、力不足だな。

これで役に立ててるのかな?

これ、やる意味あったかな?

なんていう想いが ふとに湧いてきて

でも今は、それで落ち込んでいる時間も惜しいぐらいだから笑

そんな想いを振り払って

できることをやるしかない。

そんな気持ちで

気を張って毎日を過ごしてた。

 

 

 

 

 

そんな現状に不満とか、それを変えたいとかではなくて

一つ一つ、手をつけていけば、

一つ一つ、ちゃんと終わっていく。

ちゃんと、仕事を納められる。

そう思えているし、それを楽しんでいる自分もいる。

でも、ふとした瞬間に訪れる

自分の不甲斐なさ。

実力不足感。

それはどうにもならなかった。

じゃあ、ここからどうしたらいい?

となった時には、できることを地道に。

目の前の仕事を精一杯こなす。

そんな現実的な答えしか出せなくて。

 

 

 

それは誰かに話すまでのことでもないような

いつも私にあるもの。

いつだって、自分が実力不足だという想いは

私の中にあるんだと思う。

自信を持てている部分ももちろんあるけど、

上を見たらキリがないというか。

そこで上を見て、どうせ私なんて…

となっている暇があったら、

上を目指して何かやろう。できることからやろう。

そうなれるぐらいには、鍛錬を積んできた。

 

 

 

 

 

私の作業量だけでの実力を考えたらそのやり方はたぶん正解で、

とにかく場数。とか

とにかくこなす。とか

それでいい。

でも、心が燃えていたら

たぶんもっと。

心が燃えていたら

自分が思っている以上の実力が出せたり、

楽しみを感じられたりするんだと

私は知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっとそれを

私は「誰か」からもらっていた。

去年は特にブログから。

 

 

 

 

 

私の周りに、自分のど真ん中からのストレート

それを投げてくれる人がどんどん増えてきている、

そう感じていたから。

 

 

 

 

 

そのストレート、直球のボールをキャッチしたとき

私は自分の心を燃やすことができた。

それが嬉しかったし、楽しかった。

心が疲れたと感じた時、

アメブロを開けば、回復できていたように思う。

 

 

 

 

 






それがなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメブロを開いても、

少しも燃えない。

回復どころか、疲弊する。

そういう状況になって

私の中で諦めとか、自分ではどうしようもない、

そんな気持ちが広がっていった。

次第に、表現する元気もなくなった。

あんなに楽しいと感じていたのに。

表現することに、

あんなに心血を注いでいたのに。

表現をすることの楽しさ、

溢れてくる感情のエネルギー、

その自分を知ってしまったからこそ、

それができなくなっている自分が辛かった。

 

 

 

 

 

表現しなくたって、生きていける。

なにも困ることはない。

そんなことを考えることさえあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大好きな愛ちゃんが

私とのやり取りを通じて感じたことを

物語にしてくれた。

 

このトップ画もすごく素敵だよねラブ飛び出すハートキューン

 

 

 

私が言うこと、愛ちゃんにちゃんと伝わるかな?

私が思っている伝わり方をしなかったら

きっと愛ちゃんを傷付けたり、嫌な気持ちにしてしまうってドキドキしながら、

それでも感じたことをそのまま伝えました。

愛ちゃんの感想文、読みながら泣けちゃうぐらいに、胸が震えたんだ。

愛ちゃんは、私が思っていた以上に

私が伝えたかったことをちゃんと、しっかりキャッチしてくれて

私が伝えたかったこと、そのまま受け取ってくれた。

それがすごく嬉しくて、通じ合えていることに感動しました。

 

 

 

私が伝えたことを受け取ってくれた後のやり取りでも

愛ちゃんの溢れる想い、そのパワーからとっても力強さを感じました。

そして、愛ちゃんが愛ちゃんを生きている、

その様子をアメブロで表現してくれることで、読んでいる方も

本当にパワーをもらっていることを改めて感じたし、

それが読めることへの感謝の想いが湧きましたキラキラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、それでね、この時まで

私は愛ちゃんとか、その他にも好きな人が書く文章から

これからはエネルギーをもらって(一方的に)、

それを心の糧にして生きよう、そう思っていたような気がするんだ。

自分は表現できないから、(時間的にも体力的にも、余力がない)

誰かの表現を読むことだけで

心を満たして生きていこうかな。

そんな諦めの気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

この記事で

物語を通して

・・・というよりも、これまでの2年?ぐらいの私とのやり取りを通じて

愛ちゃんが感じていてくれたことが綴られているのを読んで

私もね、同じだったなって思った。

 

 

 

そして

私が一番ハッとしたのが

 

 

 

振り返ると

わたしとゆいちゃんは

お互いがピッチャーになったり

キャッチャーになったりしながら

言葉のキャッチボールを交わして

いたんだなって感じました

 

 

 

この一文。

 

 

 

 

 

私と愛ちゃんは

常にどっちかだけの役割。

って決まってなくて

どっちかが、

例えば

こんなメニューやってみたい!!

とか

こんなこと感じたの!!

とか

ブログに全集中で、自分のエネルギーをかける瞬間。

そんなときには

もう片方が

「大丈夫!大丈夫!」

「ちゃんと見てるよ!」

「応援してるよ!」

「よかったね!」

って自然とキャッチャーをやってきた。

 

 

 

 

 

自分には力がない。

確かにそれは、そうだ。

弱くて力がないんだけど、

だからこそ、人の力を貸してもらってた。

逆に、そんな自分でも、人に力をあげられてた。

そうやって、持ちつ持たれつっていうのかな?

常に主役、不動のセンター、ずっとリーダー、

そういうのじゃなくて

誰かが主役やってるときには全力で応援する。

愛ちゃんがセンターで歌って踊ってるときには

私は最前列で応援してる。

逆に、私が主演やってるときには

愛ちゃんが絶対に客席にいてくれる。

私はいつもそれを見つけて、安心できる。

そういうことを、やってたんだって思う。

これこそが、私が望んでいる関係だったんだって気付いた。

 

 

 

 

 

ずっと言ってきたと思うけど、

誰か「すごい人」「先生」を上に置いて

その人の言うこと全部なぞるように行動したり、真似したりして

「みんな一緒」

「このやり方が正解」

ってやるんじゃなくて。

 

きっと人それぞれにある

自分にとってのチャレンジ。

自分が大切にしたいこと。

それをちゃんと見つめている人が

勇気を出してチャレンジする瞬間には

その人にスポットライトを当てる。

その人を盛り上げたり、全力で応援する。

それを義務感とかでなく、

心から、「そうしたい」と思って、やる。

それが私が欲しかった仲間だし

そういう関係を望んでいた。

私は愛ちゃんと、それをちゃんとやっていた。できていた。

そのことに気付いて、

ずーっと沈んでいた気持ちが浮上してきた。

だから今、こうやってブログを書けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

愛ちゃんが

瀕死の状態だった私に

でっかい愛を、ちゃんとブログという形にして

「ゆいちゃん、大丈夫だよ!」

「諦めないで!」

ってずーっとエネルギーを注いでくれていることを

すっごく感じられた。

 

 

 

 

 

愛ちゃんにお礼のメッセージを送った時にも

愛ちゃんは

「ゆいちゃんは最高のピッチャーでもあるのよ」

「ゆいちゃんは、ゆいちゃん自身で放つ、投げる、姿で見せてくれる人でもあるんよね」

そう言ってくれて

愛ちゃんも同じように感じてくれているって確信できた。

そのことがもう、奇跡みたいだよね。

ありがたい。

そして、自分が感じていることを信じられたし

これからも大事にしていこう、そう改めて思ったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 

 

 

愛ちゃんが、「愛ちゃん」として生きている

その姿を表現してくれていること。

その表現を、このアメブロで目にすることができること。

そのことが、私にどれだけの力を与えてくれているか。

それだけの存在に出会えることが

人生でどれだけあるのか。

 

 



きっと、一握り。

数えられるぐらいなんだろうな、とも思う。

だって、愛ちゃんはきっと

私がこれまでの人生で関わってきた何百人のうちの、一人ってことだもんね。

何百分の一。

どれだけ価値のあることなのか、って思う。

分かり合えない、

理解できない、

そういう関係しか築けない人がたくさんいる中で、

愛ちゃんという人と出会えたんだと思うだけで、

私は自分の人生をとても愛しく思える。

愛ちゃんという存在を大切にしたいと思うし、

自分のこの想いも、大切にしたいし、

守りたい。

愛ちゃんが見ていてくれる私という人間、

その人間が送っている人生、

それそのものを、大切にしていきたいから

私は自分に湧く感情、想い、気持ちを

ますます信じようと思う。


 

 

 

 

ありがとう、愛ちゃん。