責任を引き受けて、
「私が出した数字です。」
「私が作った資料です。」
「その仕事の責任は、私が取っています。」
というようなことをやり始めて、
 
今 私のいる世界はもちろん
「周りが全部やってくれる♡♡♡」
「今日もこんなに可愛がられてる♡♡♡」
「ゴロゴロぬくぬく♡♡♡」
「楽ちん幸せ♡♡♡」
なんてワードからは、かけ離れた場所にある。
 
 
 

 
 
 
 
 
そんな世界にいるもんだから、
愚痴なんか山ほど出ます。
毎日出ます。
 
 
 
 
 
私の場合、
愚痴をきっちりと吐き出さないと
自分の中にどんどん溜まって、
どよーんとしてくるんだ。
逆に、ちゃんと吐き出せれば
その後 やるべきことはきっちりやり切ることができる。
と、すごくハッキリわかった。
 
 
 
 

だから
愚痴を出させてもらえること
愚痴を言える場があること
そのことこそが、
私にとっては幸せなんだって思えるようになった。
 
 
 
 
 
愚痴を言わないこととか、
愚痴みたいなものを感じないことだけが
「良い」んじゃないんだって
よくわかったんだニコニコ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
愚痴を言うとエネルギーが下がります。とか
そもそも、愚痴が出るような環境に居ることを自分が選んでるんですよね?
っていう理論には
ずっとモヤモヤしてきた。
じゃあ、感じちゃうこの気持ちはどうしたらいいの?
と思ったし、
たしかにその環境を自分で選んではいるけど、
そのことと、愚痴が出ることは別問題です。
と思ってた。
 
 
 
 
 
私自身
人の愚痴をずっと聞いていて嫌な気持ちになることもあるし、
やっぱり愚痴を言うのはよくないよなぁ
っていう思い込みがあった。
愚痴に対して良いイメージがなかった。
 
 
 
 
 
でも、それは思い込みだったなぁと思う。
 
 
 
愚痴だって、
上手く使えばパワーになるし、
共感を得られれば、繋がり、結びつきを強くする。
 
 
 
ということは
私が何を言っても(何を感じても)、
共感を得られた人のことは、嫌な気持ちにはさせないのかもしれない。
 
 
 
やっぱり共感て大事なんだなぁ と改めて思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ただ、
愚痴というジャンルで共感を得やすいのは
やっぱり同じ経験を共有している人な気がするし、
そういう人と共感し合うことが一番昇華できそうだな
とは思う。
 
 
 
だから、その場で。とか
その日のうちに。とか
そういうのが効くのかも。
(私の席のすぐ近くにいる役員も、会議終わりには毎回お茶会してるよww
たぶん愚痴会だよねってみんな言ってるww)
 
 
 
 
 
今までも、
会社での愚痴を家族や旦那さんや彼氏に話そうとしても
上手く伝わらなかったり(共感してもらえない)、
全部伝えようとして、背景や説明を詳細に話そうとすると逃げられたり(笑)
自分が消化不良になることが多かった。
 
 
 
 
 
最近の私は、
同僚と一緒に会社を出て
駅まで歩く5分程度ランニング
今日の愚痴!みたいな感じで
ギャーギャー笑い言い合ってスッキリして
帰りの電車に乗る地下鉄
みたいなことが出来ているから
そのことが本当にありがたいなぁ と思う。
次の日はまた今日一日頑張ろう!っていう気持ちになれている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今までに
『愚痴野郎会』 『愚痴愚痴夜会』
なんて銘打って
愚痴を言おうっていう会をオンラインで開催したりしたけれど、
私的には、やっぱり少し消化不良な面はあったと思う。
より伝わりやすい、ライトな愚痴(笑)を選んで話したりしてた笑い泣き
 
 
 
 
 
オンラインは私にとっては楽しいばっかりの世界だったから、
そういう場で愚痴を話すのはどうなんだろうキョロキョロって言う気持ちも
どこかにあったと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
愚痴は、誰にでも言えるわけじゃないんだよなぁ
とも思う。
言う人を選ぶって言うか。
 
 
 
 
 
私の場合は、
共感してくれそう
とか
理解してくれそう
とか
口が堅そう、信頼できそう
信頼関係がある
なんていうことを見て、
その人に愚痴を言うか言わないか
判断している気がするキョロキョロ
 
 
あとは 近さ。
心理的にも、物理的にも。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
自分の周りが
大好きばっかりの世界にできるって
幸せなことなんだろうけど、
私は、大好きばっかりじゃなくても
自分なりの対処法がわかっていること、
共感してくれる人がいること、
それも幸せだな と思う照れ