最近観た映画たち | 自分勝手な“好き・嫌い“で悪いか!

自分勝手な“好き・嫌い“で悪いか!

すごく偏った邦画好きの親父が、持て余す時間で観た映画の好き・嫌いを自分勝手に記すブログ

「ライチ光クラブ」「ちはやふる~上の句}「下衆の愛」「僕だけがいない町」「黒崎君の言いなりにはならない」「蜜のあわれ」

ライチは単純に原作者の古屋兎丸さんが好きなので。映画版だけではなく、舞台版もとっても観たかったのですが、生来のくじ運無し、応募すれど応募すれど当たらず。ウーン、原作漫画ほどの衝撃は無いにしても、良く作ってはあった。これに呼応する形で、「黒崎君の言いなりにはならない」があるけれど、方や少数部数のマニアック向け危ない漫画雑誌連載。方や大ヒットの少女漫画。ベースが違うが、一つだけ共通点がある。ヒロインの女の子が長身で一種独特の色気を持つ人なのである。
中条あやみと小松奈菜。
私にとって、一人はモデルに過ぎず“象徴”の扱い。もう一人は女優で、なんかとっても良い感じに成長してきたと思われる。どちらにもファンがいらっしゃると思うのであえてどちらとは言わない。しかし、私が好みに挙げた映画から連想すれば明らかであろう。
「黒崎君…」はドラマをやっていたのを録画してディスクに焼いてあるな。見ていないけれど。友情と恋愛。いいバランスと、上手い配役でとてもいい味を出していた。DVDが出たら欲しい。

一番期待していた「蜜のあわれ」。またまた石井岳龍でずっこける。この時代に明らかにフィルム撮影と判る画像。やる気はみなぎっているが、私はこの演出家ととことん相性が悪い。思えば改名をした第一作「生きてるものはいないのか?」からなぜか見続けている。出演者に心惹かれるからだ。しかし、この監督の空間設計はどうも薄っぺらい。奥行き感が無さすぎる。それよりも何よりも絵面を尊重して、面白い画像になっていない。二楷堂フミさんがヌードをさらしているけれども、それが美しいとは思わない。いいなーと思ったシーンは、高良健吾君が演じた芥川とのやり取りだけで、そこだけは緊迫感と可笑しみがあった。大正ロマンから昭和に至る、犀星・朔太郎の耽美文学の世界を、平静に再現しようというのが所詮無理なのだ。
自分は中学生時代、ヘルマンヘッセの「この日々の如何に重き」という詩を読んで衝撃が走ったが、翻訳する人によって、その詩も平凡になり、同時代の萩原朔太郎の詩集に走った。彼自身の詩作も面白かったし、彼の紹介した外国作も面白かった。犀星と朔太郎は親友だったがやがて敵対し、お互いをののしるようになったのだと思う。この映画にも、時々朔太郎の名が登場する。

「ちはやふる~上の句」海街diaryでは、一人台本がもらえず、その場で演出されていた広瀬すずが荒っぽい演技ながら、共演者に恵まれて、その粗っぽさが味に変化している。流石「カノジョは嘘を愛しすぎている」で大原櫻子を一躍女優として売り出した小泉監督だと思った。半人前を却って原動力として「一生懸命さ」に昇華させている。原作自体が良く出来ているのに加えて、シナリオが良い脚色で楽しい作品になっている。何回か見て、下の句も見るつもり。

「僕だけがいない街」藤原竜也は苦手な男優の一人である。しかし、彼の演劇出身のウザったいほど大げさな演技が嵌る物語りが有る。近々だと「I'm flash」。僕だけが…も漫画が原作。タイムワープを多用する構成だが、子役を含めて、役者ぞろいなので、これは見れる。タイトルがラストシーンを現しているのだと知って、感動さえした。かかっている映画館が近くにあれば、見て損は無い作品。