なんか、ぼーっと考えてたら


有るとか無いとか欠乏感とか
悪者にしている自分に気付いたんだ。


欠乏感から動かないとか
『無い』に意識を向けないとか、、、






与えられる感情は全て
神様からの贈り物ならば



それすらも大切な感情なんじゃないの?って



そう思ったのは

『無い』に意識を向けるからこそ


自分がどうなりたいのか知るキッカケになったり


『欠乏感』だって

それが欲しいという欲から生まれたりする




その欠乏感も無いもさ


自覚するからこそ

何かを学んだり

人生を切り開く為の

感情だったりするんだよ。



欠乏感も無いも分からなくて



全てが至福で満たされて幸せだったら




人間って成長しようとか
もっと良くなりたいとか
何かを欲したりしなくなる。






それらの感情が無ければ
自分の人生を良くする為に
何かを学ぼうとか、幸せの為に
何かを必要とする必要はなくなる。



『無い』を自覚したから


パートナーシップを学んだり
ビジネスを学んだり
お金について学んだり
自分について探求したりする





そして、それが仕事になったり
お金になったり、心の豊かさに繋がっている。






だとしたら

欠乏感も無いも

別に悪いことでは無いんじゃないかな?





だから、はじめは欠乏感や無いから
始まり、そして『有る』や『充足感』に
なっていく。




一周回って?

始まりはそこからでも

全ては有ったと気付く為のキッカケに
過ぎないんだよね✨



無いよーって悲しんでもいいし
欠乏感から不安になってもいい。



どんな感情もあっていいんだよ。




それを認めた上で

自分は、どうして行きたいのかを
知って行けばいいんだよね♡



無いとか有るとか欠乏感とか
欲とかあれはダメとかこれはダメとか



本当に



縛られるのが好きよね笑

そう意外と制限の中の方が安全で、自由がいいといいながらも、そこから出ずに居たりする。



それすら
自分で選んだ人生だから

楽しんだらいいんだよ♬


そう、そんな事言いながら
最終的には気付いていくんだからさ❤️




何にって?


自分自神にダイヤモンド