どんなに悲しいことも

例え受け入れがたいメッセージであっても




自分自身と出会うため

自分に還るため

自分を信じるための



出来事でしかない





わたしは他人の意見を
受け入れるの?





それとも自分で創る世界の中で
感じるもの、感覚や感情を信じるの?





どっちでも私は選べる世界にいる







『彼とのこと、ツインレイのこと』

『愛について』

『真実の愛とは?』

『無償の愛とは?』





私には力がなく

辛い現実から

他の優れた他人に

答えを求めることもあった





その度にブレる心

怒りや悲しみ

絶望を感じた






神様なんていない

こんなにも苦しむために

私は愛を知りたかったわけじゃない



それならいっそ

愛なんて知らなくてもいい



誰かを愛する度に

傷付き絶望するなら





宇宙や自然や地球に対しての

愛だけでいいじゃないか

それだけで十分、愛を感じる

至福を感じる

幸せを感じることが出来るのに。




ブレるたびに、宇宙に向かって

毒を吐き

自分の力では

どーにもならない気持ちに

落胆する





だけど、ブレるたびに

私は私に還る




『他人がどう言おうと私が感じた感覚
 感情が一番正しい』



『私が世界を創っているなら
 私が私を一番信じること』



『どんな現実であっても私に届くシンクロ
 サイン、メッセージは私にしか分からない
 真実であり、疑うということは自分や自分の
 宇宙を信じていないことだ』と。




私より優れた人に言われる言葉たちは
ある意味当たっているし
当たっていない




なぜなら、私がそう言わせているからであり
その現実を受け入れることで、本来の言葉の
意味やメッセージ性が変わるからだ。




自分を信じきれていない自分に
対しての言葉は、ますます自分を
ブレさせ、ネガティブな渦に巻き込んで
いく。





でも、感情を否定せず
感じきった後、ふと気付くと



最終的に残るのは


『やっぱりわたしは私を信じる』


それだけ。





何度も何度も確かめるため

何度も自分に立ち返るため

ブレない自分の土台を創るため

自分が自分で仕込んだものだった。





気付いた瞬間


悲しみも怒りも恨みも

すべとか解かれ

自分への愛へと還ってゆく





その為の他人様であり

それもまた感謝でしかない