退院前日。
似てる人たちと過ごした、私の悟り。


別に禁止されてるわけじゃない。
辛すぎて他人にコミットしてる余裕なんて 
1ミリもなかっただけ。 


大部屋4人のお部屋で
私は一番の古参になっていましたが 
それもおしまい。


入れ替わりで何人の方を見て(聞いて)
きたか数えたら…


5人だった。

プラス今の3人だから
自分以外の8人の方の状況を

つぶさに感じながら過ごした
入院生活でした。



でさぁ…同じ要素を感じては、いた。
『脳神経内科』って、難病カテゴリー。


現に私も、できる限り 
何もかも調べてもらった原因不明。


そして、ワンクール目のステロイド点滴後、 


(通称パルスっていうのよね、  
 バルス!みたいな)


やや回復の兆しが見られてから再撮影した
造影剤MRIの映像を確認したけど

ほぼ変化なし。
つまり、炎症の跡はそのままで
活性してもいない。

ひと月前に撮ったのと
なんら変わらなかった、絶望的なほどにね。

でもさ、症状は確実に治ってきてるの。

さっきまた、実感があって驚いて
ナースステーション(て言わないか!)

に報告に行ってしまった。

ねえ!治ってる!

って。 

かわいいナースの
掛け値ない喜びの共感を見て
  
あなたが2人いたのに、今はちゃんと1人!

と言って私もさらに噛み締めた。

話は戻って。 

今朝ね、ラウンジにお茶入れに行ったら
挨拶してくださる方がいた。

…返しつつ、もしかして、同室の方?

尋ね返せたのは
私の視界がクリアになり始めていて
人間がひとりの人間として目の前にいる、

てことを、視覚映像で認識できるように
なっていたから。

で、なんとなく話が始まって
朝食前のひととき、えらく盛り上がってしまった。

それ以降は、お互いの治療があるし
私も私で最後の点滴の見張りとか

無事終わった疲れと、
そーいや4時間しか寝ていなかった

とか、色々あって
全く顔も合わせていない。

その前に、外国人の彼女とは
昨夜コミットした。

あまりに咳が辛そうだったから
のど飴でも買ってこようか?

って思ったのよね。

余計なお世話と知りつつも
ナースコールを重ねても、なんの解決法もない
だけど辛そう。。

うちの子が喘息で入院したことに
重なってしまったのかな。

だから話しかけた。

拙い英語とお互いのスマホアプリの翻訳で
分かったのは

飴持ってるけど
今、絶食指示が出ていて水しか飲めないの。

てことだった。

そっかー…じゃあ氷は?

とか思ったりもしたんだけど、
もうそこで終わりにした。

ありがと、優しいひと。

かわいい声でそう言ってくれた。

4人部屋、最新の患者さまはお隣
60代マダム。コミュ力高いし、英語も話せる。

例の彼女と英語で会話してたわ。 

で、直接話はしなくても
隣で誰かと電話してるのとか
ドクターやナースとのやりとりから
本人の人となりが分かっちゃう。

あのねぇ、ここの人たち全員、
かなり気を遣って、色々我慢してきた人たち。

それは、つい先日までの私がまさに!
そうだったから。

全員私に見えてくる。
全員の中に私がいるのよ。

だから、ああ、いい人やめなきゃ死ぬわ。
自分が死ぬわ。

ってのを感じる。

原因不明の病、というのは
それだけで不安をあおるよね。

みんなの境遇には、 
全然違う私との共通点が見え隠れする。

知らない。ほんとのところは知らない。

だけど分かる。

そういう病気だから。
それすら、病気だから!笑

だから、
「真面目よりも自由を」選ぶことを
私は誓います。

ちゃんと、よりも、好き!を。

どうしよう…😨と焦るよりも
どうなるんだろう…😃

という冒険心と好奇心で
眺めてみる。

ものの味方なんて、案外自分で決められるし
怖いくらい、その通りになってゆく。

脳神経内科の入院患者には 
そういう能力があります。

エビデンスは…私。

言語化してゆくから、見ていて。
そして、私は私だけを見つめる。

私の中から湧いてくる情報だけに
耳を澄まして目を凝らす。

よく見えないのは、
見なくたって分かるから。

ここ1週間特に 

「見えるってなんだ?」
「見えてないのになんで分かるんだ?」

って考えながら生きてた。

見るものを間違って、体がサインをくれてた。

そうとしか思えない私の
ダブル・ビジョンは、終わりに近づいている。

感受性の塊であるこの私を
世界に開くこと。

それが、私の使命だ。




ちょっと違うと思うんだけど〜


まぁなんかあったから写メった。