精神が瀕死状態だったので
3日ほど弟の家にお世話になり

最低限の自分は取り戻せたので
とりあえず帰路についている。

とりあえずっていうのは、

先の具体的なことがまるで決まらないから。


でも、とりあえず帰ろう、と思える程度には

回復した。




弟んちに行って思ったのは、

私はなぜいつも
親兄弟よりスペックの低い人とばかり
付き合っては、痛い目に遭うのだろうか…?

という今更ながらの疑問で、答えは明確だった。


「あんたなんかと結婚したい男なんかいるわけないわ。」
「そんなんじゃ、彼氏も結婚もできないよ」

という、子供の頃から大人になっても言われ続けてきた母親からの言葉を素直に飲み込んだ私は

「自分が男を選ぶ」

という感覚よりも

「自分を気に入ってくれた人や、縁のあった男を逃してはいけない、きっと次がないのだから」

という意識で男と付き合ってきたんだ、と
思い知って悶絶したのだった。


歴代彼氏をdisりたいわけじゃなくて

「合わない」って薄々分かってるのに、
「合わせなくては!」て変な努力をして病むの、
一体何回目なの?!

て話。

ざっくり言えばこれで3回目だし
なんなら4回目に突入しようとしてたのに気づいて、さすがにそれはやめたチーン

いや、もおいいだろ!

って我に返った。

他人に気を遣っている場合じゃない。

20年間で3回も失敗できたのなら
これから20年の間にも、死ぬまでにも
また誰かと縁がある可能性があるが高い

って考える方が自然だし、
祖母が90歳で未だ健在なので、
きっと私もそれくらいは生きるって考えるのが
自然な話で

なんとなく死ぬのを待つみたいに、自分を抑えながら生きてるって、セルフ拷問。

だから自己免疫疾患ばかり発症して
細胞レベルでひっそりと自傷行為に走るみたいなことになるんじゃん!

と、1人で激しく納得して、
あ、もうやめようと思った。

先のことは何も分からないけど
だからこそ、今嫌なことは今やめようと思った。

すぐには無理ならば、やめることを決めることだけでも、今すぐしようと思った。

「一緒にいて楽しい気持ちになれない」

って、思う以上に最悪な結果をもたらす、
相手を気遣ってたら、私は体を失うことになる…

それくらい
危険なことなんだってあらためて感じたのは

結局人って、自分が自分を見失っちゃったら
文字通り生きられないんだって痛感したからだ。

「合わない」ことに理由をつけようとするけど
「合わない」以外に答えはなくて

それを認めて次を決める以外、自分の進む先はないのだった。

ごめん、とか、そーゆー問題でもなかった。

仕方ない。ただ、次へ行かないと死ぬ、ってくらいに追い詰められたので、もう次へ行かないと死ぬ。

で、過去2回の終わりも最悪で、夢の希望もなく、死にたくはないし死ねないから生きてると思ってたけど

思い返したら、けっこう楽しいこともいっぱいあったし、そんなに自分を責めなくたってよかったんじゃない?

と思う。

なんだろ「ごめん、私が悪い」っていうのって

そう思わなきゃ、とか、
反省してる風に見せなきゃ、とか、
自分でなんとかしなきゃ、とか、
私が悪かった、みたいな

いわゆる「集合意識」的な古い考えの塊で
今いる場所で、

できるだけ嫌われずに波風立てずに生きなきゃ
って思うと、その意識にドボンと突っ込んでいくみたいな

そーゆーある意味自分殺すみたいなことが必要なんだ!


って思い込んじゃってる私がいて
そーゆー考えに塗れて苦しんでたんだ
…って感じた。


苦しい、って時点で
大幅に間違ってる。


言ってしまえばパフォーマンス。


で、私自身の感想は、それとは全く別なのだ。

続く