え、私この人生で何回目⁉️
というようなことに気がついて
自分に打ちのめされている私です![]()
落ち込む…
↑これにも絡んで気づいたよ
子どもの頃から教会に出入りして育った
宗教二世。
死ぬほど「教え」を聞かされてきたけど
それが役に立ったのか⁉️というと
知らなければよかった
と思うことの方が多いです。
なぜなら
「こう考えるべき」
「こうすべき」
っていう固定概念みたいなのが
形成されちゃってて
自分はどう思うのか
自分はどうしたいのか
っていうシンプルなことを感じる前に
自然と「こういうときはこうしとけ」って
言動をしてしまうところがあるから。
教えを頭では尊敬しつつ
体感では昭和真っ只中の概念どっぷりの親と
「自分はこうしたい、こう思う」
というこどもの素直な気持ちの板挟みに
私はなってきたと思う。
つい去年、親を切るまでそうだった。
子供は素直なので
「教え」も素直に受け取るし
頭でごちゃごちゃ考える前に
「自分」を正直に体現するでしょ?
ところが宗教にハマるような親だから
固定観念も人一倍強いわけ。
そして二世であるわたしが困ったのは
親の言うことと
親が信じろと言う
「教え」が真逆ってこと!
親はあくまでも親だから
わたしが言うことが気に入らなければ
叱るし反対してくるし
そこに教えが適用されない。
おまけに母がお嬢だったので
子供同士の遊びにすら口出してきて大騒ぎ。
友達には
「ともちゃんのお母さん嫌い」
って認識が広がってるけど
本人はそれに気づいていない。
だけどこっちは、素直だからさ
「え…教会で聞いてたことと違わない?」
という、ただの反抗心に正義が加わって
ますます親を信用できなくなる。
そんな中で育つとどうなるか。
↓↓
嘘が上手くなる。
そして子どもの頃のわたしは
その二重構造を
「大人の遊び」だと思ってた節があったのね。
そうはいってもわかってやってんでしょ?
大人なんだから!って思ってたの。
だって「教え」をあれだけ聞いて
神に祈り先生に教えを乞い…
え、なのになんで
そんな変なことになるわけ⁉️![]()
って、ドン引きしながら見ている私
表の顔は、信仰熱心な親に連れられ
教会に出入りしているこども。
本音は滅多に言わなかったし
言っても蹴散らされて終わった。
だから、こどものわたしが
本当はどう思っているのかなんて
だーれも気にしていなかったし
長年そんな関係でやってきた親は
今でもそうみたいで
話が全く噛み合わない。
教会に出入りしてる大人は
子どもの私から見れば
みんなお祭り気分だったよね。
「教え」をもてはやしありがたがり
イベントにお金集めに信者集めに座談会にと
文化祭もびっくりなくらい
盛り上がっているように見えた、自分たちだけで。
…つまりはお祭り騒ぎ。
本当は自分がどう思っているのか
なんておいといて
ひたすら崇めている感じ。
子どもにもそうさせ、
子どもが自ら教会へ通ったりすると
まぁ喜んだり安心したり。
それも表向きの顔なのだろうけど
つまりは信仰でもなんでもないじゃん
て、わたしがちゃんと認識したのはやっと
30歳くらいの頃だ。
宗教のために
いい信仰者だと思われたいから
子どもすら売る
親がそんな感覚でいることは分かってて
だからわたしはさっさとやめてやる
出て行ってやる
と思っていたのに気がつけば
…足を取られていた。
わたし、男と別れるのが下手でね。。
で、「もう終わりだ」と思う時には
たいがい彼にお世話になっていて
世話になっているから言えない。
という、こどもみたいなことを
いまだに思ってた、ということに気がついて
1人で発狂悶絶しているところ。
親のこと好きなフリ
親が正しいと思って言うこと聞いてるフリ
しないと生きていけない
と思って意図的に嘘をつこうと決めた
中2の頃を思い出す。
私はあの頃から成長していないのかもしれない。
なぜなら、男相手に同じようなことを
すでに3回は繰り返しているからだ。
さすがに多いでしょ❗️
これは男にどーのこーの言いたいわけでは
絶対になくて
ナチュラルに
見て見ぬふりしてきた自分を見つけて
心で泣いているって話。
今回は結婚とか子育てとか絡んでたし
味方がいなかったから仕方なかった。
だからって好きじゃなかったわけでもないけど
「嫌いなところ」
「受け入れられないところ」
を、無視しすぎたし
「何もかも受け入れなくては」
って、無意識に思って体調悪くしてた。
あれ?
体調悪いのってわたしのせいだと思ってたけど
半分は環境であるお前のせいだ‼️
と言うことに気づいたのが最近で。
わたし、嫌なことがあると
体がかゆくなるのです。
アトピーなんだけど
リトマス試験紙並みの素直さで反応するからさ
精神と体との密接なつながりに
驚きを隠せない。
世話になっているのだから
本当のことを言えないと我慢するのが
当たり前になっていたし
それを伝えること自体が恐ろしかった。
気づいてくれ、
と願っても、こればっかりは叶わない。
言わなきゃ相手に伝わらない。
相手は言葉以外のところで主張してくるから
めんどくさくてちゃんと話すことを
避けていた。
だけど、言わなきゃだめだな。
と思いつつも
どう伝えればいいのか決まらないので
とりあえず彼を避けている。
人って思う以上に繊細だし
自分を分かってる。
分かりたくない!
って思ってるから、体が示してくれる。
あーあ、痛くも痒くもない
どころか楽しくて仕方ない!
みたいに毎朝目覚めたい。
それがわたしの願い。
わたしの思うままに生きたい。
ウサギを放ちたくなるような
美味しそうな春の草!

