母が来て、日中こどもの面倒をみてくれているので助かってます。
が。
ひっかかることが。
一日目。
子守りをしつつ、洗濯して夕食を作ってくれた私の母に対して、夫が感想を述べた。
「たいしたもんだね。(いつもの上から目線)ごはんも普通に美味しいし。
君はこどもの頃のこと色々言ってるけど、愛されてたよ。」
と。
分かってない。
全く!分かっていない。
ご飯を作ってかいがいしく世話をすることが愛情かどうかといえば、大きく分ければ愛情であるとは思う。
が、だからと言って愛されていると簡単に言われると、20年くらい病んでた私としては納得がいかないというか・・違う!ちがうちがうちがうちがう、ちがうっ!
そういうことではないのだ。
こどもをコントロールしようとすること。
思い通りにならないと怒りを炸裂させること。
お前は無能だ、私の言うとおりにしておけばいい、と自立心を奪うこと。
批判はされても、認められることのほぼない子供時代。
私は人一倍、自分の好きなようにしたいタイプなので、ものすごーくものすごーく!キツかったのだ。
単純に、家庭内で巧妙に行われる精神的虐待は、他の人にはわからないのである。
つか、分からせないようにやってるんである。→悪質!(最近自分でも認めてるけど)
そして、他からはいかにもかいがいしく世話をする良い母親、をやることで自らの身を守りつつ、こどもには罪悪感を植えつけつつ傷つける。
ある種の女が(男でもか)間違った方向に才能を発揮するひどく高度なワザを、そもそも人間関係の経験少ない夫に分かるわけがない。
→わかってるけど、言われると腹立つ、ていうか、なえる。
もちろんその動機は、自分が子供の頃に満たされなかったナニカだ。
わたしが虐待されてたことに気付いていた人、ほんとーに少ないと思う。
わたしが傷ついていたことに気付いていた大人、ほとんどいないと思う。
こどもには分かるんだよね。
そういう、ちょっとおかしな依存傾向のある大人の匂いって。
だから私の母は、私の幼なじみには嫌われていた。
姿を見たら「犬が来た!」って言われて走って逃げてたほどに。
その人本人が望まないことを押し付けて正当化する、
受け取らないことに罪悪感を感じさせる。
毎日10年やったら十分病みます。
生きるために、こどもは自分の大切なものを少しずつ殺して対応するしかないのだ。
わかんないよね。健全に育った人には。
わたしは、わかんない夫にも分かる気がする、と言ってもらえるくらいの言葉で表現できるようになりたい。
具体的なことはなかなか言葉にできない。
まだ、傷が痛むから。
また、血が滲み出すから。
わたしは今の生活を大事にしながら、それをやっていきたい。
だから、時間をかけることを、自分に許すのだ。