日本には、古来より肚(はら)のつく言葉はたくさんあります。

肚に落ちる
肚が座る
肚をくくる
肚におさめる
肚を割って話す
肚を練る


日本人にとって一番大切な生命の中心となるものが肚だとわかっていたから、このような言葉がつくられたのだと思います。

だから日本の武士は「切腹」では肚に刃を立てたのです。魂をさらけ出し、身の潔白や、純粋な生き様を見せたのです。

肚は、「丹田」とも呼びますが、あえて日本語で「肚」と呼びます。

肚とはなにか?

「魂をさらけ出し…」と上に書いた通りです。

ずばり、

 

我々日本人の

 

「魂」

 

 

の住まう場所です。
 


あなたはこのnoteを読んでいますが、どうして読もうと思ったのか?

例えば、あなたの着ている服は、どうしてその服を着ようと思ったのか?

あなたが今日食べたものは、どうしてそれを食べようと思ったのか?

それらは一体、誰が決めたのですか?

そりゃ「自分で決めた」と言うでしょうけど、その「判断基準」はどこにあるのか?

おそらく「頭」です。

思考で、すべての言動、行動を決めていると思います。

しかし昔の日本人は「肚」で感じ、「肚」で考え、「肚」で決めていたのです。

肚の声を聞いていた。

肚とか丹田というと、なんとなく現代では「武道」とか、男くさい感じがしますが、男女関係ないです。

女性にも肚(丹田)があり、むしろ昔は女性の肚の力で、世界に類を見ない平和で強い日本を作ったと僕は思います。

そして、この激動の時代を、我々日本人が生きていくためには、「日本人女性の肚」が重要だと確信しています。

さて、さっきから「声」と書いてますが、それは「言葉」じゃないです。

だって言葉は思考や脳の世界です。

肚には「言語」はありません。

肚の声、とは、

 

肚感覚です。
 

 


感覚言語であり、身体言語に近いものです。
 
頭の声はいつも「損得」の世界です。

でも、こちらは「言語」だからとてもわかりやすいです。

頭は「社会的」な判断基準ですが、もっと言うと「動物的」です。

どうして「動物」なのかというと、頭(脳)の第一優先は「個人の生存欲求」です。自分が餌を食べて、生命活動することです。

その次に、やはり個人的な生理的欲求。これは「安全・安心」ですね。そして快楽的な欲求、自分と関わる人の生存(自分の家族・友人)と、優先度がありますが、動物的なものです。

「食べ物」や「着る服」のことを上記しましたが、これが「仕事」や「結婚相手」とか「住む場所」を頭で選ぶと、なかなかの悲劇を生みます(笑)

しかし「肚の声」とは?

これはその人のもっと深い部分からくる欲求や、強い意志です。

これを「魂」と呼ばずになんて呼びましょう?

 
全文はnoteにて
 
日本人の「肚(ハラ)」が目醒める、身体感覚の世界。