いろんなことをして
知識を増やしたり
むやみに行動するだけでは
人は幸せを
感じられない
自分の心や感情と向き合って
でも、これが
自分を癒すことだからと
頑張ったところで
人はやっぱり
幸せを感じられないし
自分が思うように
変わったりすることは
あまりないよね
浮いたり沈んだり
気持ちの揺らぎが苦しくて
自分の中に
知らない誰かがいるようで
突如襲ってくる闇に
落とされる自分が
怖くて
辛くて
悲しかった
そんな自分を
なんとかしようと
いろんなことをやってみた
時間もお金も
たくさん使った
そうすれば
なんとかなると思っていた
だけどいつも
結局はまた
いつもの場所に戻った
「やっぱり、私には無理」
ある日
子供の頃の写真を見た
3歳頃のおどけた私
私であって
でも、
もう私じゃない
小さかった
あの時の私
この時、
この私は
何を見て
何を考えていたの?
私の目には
何が映り
映ったものに
何を感じていた?
この小さい私は
今の私になるまで
自分の未来のことを
どんな風に思ってきたのだろう?
教えて、私!
問いかけたら
ワタシが答えた
いつも未来には
希望があった
私の未来は
いつも明るかった
ある時
私は
学校の先生に憧れた
同じ時
歌手にもなりたかった
私には
いつも夢があった
詩人になること
本を書くこと
教えること
子どもと一緒に過ごすこと
海外で暮らすこと
外国語を話せるようになること
車を運転して
どこまでも走ること
空を飛ぶこと
愛する人と出会うこと
料理を作る人になって
朝から晩までキッチンに立つこと
たくさんの夢
そのほとんどを
私は叶え生きた
ずっとずっと
いつもいつもいつも
”私には何もない”
と思っていたけど
私には
本当は
全てあった
たくさんあった
ないものがあっても
創り出した
見つけてきた
私の”ない”は
嘘で幻だった
ただ
そんな風に
思いたかっただけ
なんのため?
それはきっと
無いほうが都合が良かったんだ
あるものを
「ない」と探すのは
時間つぶしにはもってこいだし
そんな自分を見ていると
本当は
滑稽だったのかも知れない
それに「ない」と思い込んだら
「ある」に気づくと
嬉しさも倍じゃない?
こうして思うと
実にバカバカしい
でも、私は
いつも真剣だった
真面目に苦しかった
こんな風に
こんな私のように
「ない」を見続けながら
本当は味わう必要のない
苦しみを体験している人って
とても多いんじゃないかと思う
目の前の
「ある」だけが見えない
限りなく
不思議なゲーム
いつもある
幸せを感じず
辛さだけ
感じるゲーム
だけど
ほとんどの人は
そんなゲームに
参加していることさえ
気づいていないのかも
「ない」ものを
見続けることって
本当は至難の技なのに
それでも急に
「ない」から
「ある」へ
目を向けるのは
少し難しいかもしれない
では、
何から始めればいい?
だから
『今』なんだよ
『今、この瞬間』
この時に
「ある」を感じる
この文章を
読む時間がある
読める目がある
光がある
場所がある
字が読める知識がある
あるあるある
考え出すとキリがない
大きな「ある」は
小さな「ある」の先にあって
小さな「ある」の中にある
誰にでも出来ること
それをなぜやらないの?
やってみるといいのに!
やってみよう!!!
それは
わたしから
それは
あなたから
そして
今から
やっていくこと!
❤︎募集中です❤︎
やっぱり私はダメ・・
私なんて・・・・・が思い癖の方は是非!!!
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