宇宙の理を生き、日常に還す。
パラレルシフトナビゲーターMEGUです。




📌初めての方へ
📌ちょっと大事な落とし穴の話

※このブログは、
思想ではなく この身体から書いています。



▶︎頑張る必要、なかった…w




「自分を肯定しましょう」

という言葉、よく聞くね。


自分を認めてあげましょう。
自分を愛しましょう。
自分に優しくしましょう。


もちろん、大事なことだと思う。
わたしも、なんとか頑張ってた頃がある。


______


でも。
いまのわたしには
少し違う感覚が、身体に起きている。


自分が、自分を肯定するんじゃない。


身体が、
わたしを肯定している。


そんな感じ。


静かに。
でも、確かに。


______



神経が静まるとき。


背面に、静かな圧を感じるとき。


骨の奥が、しんとする時。


呼吸が身体の奥へ落ちる時。



頭が、

「私は大丈夫」

と思う前に、

身体の方がもう、
大丈夫の場所にいる。



理由はない。


誰かに認められたからでもない。


何かが叶ったからでもない。


うまくできたからでもない。


ただ、身体の奥に、
すでに肯定されている場所がある。


そこに触れると、
私は私を説得しなくてよくなる。


大丈夫だよ。
価値があるよ。
そのままでいいよ。


そうやって、頭で何度も言い聞かせなくても、
身体が先に知っている。



私はここに居ていい。


ここから生きていい。


そう、言葉よりも先に伝ってくる。


_____


身体って、すごいなと思う。


頭は、よく迷う。


疑ったり、
比べたり、
先のことを考えすぎたり、
誰かの反応で自分を測ったりする。


認められたら安心する。
反応がなければ不安になる。
うまくいけば価値がある気がして、
うまくいかなければ、自分がダメな気がする。


そんなふうに、
外側に自分の価値を証明してもらおうとする。


でも、神経が静まり、
身体の奥に居られる時、


その外側へ伸びていた手が、ほどける。


誰かに証明してもらわなくても、
身体がもう、ここに居る私を肯定している。


私はここに在る。



それだけで、
何かが静かに満ちている。


その感覚は、
派手な自己肯定感ではない。


私はすごい。
私は特別。
私は愛されている。


そういう言葉より、もっと静か。


もっと下の方。


もっと奥の方。


背中の奥。
骨の奥。
呼吸の底。
お腹の深いところ。


そこに、
ドスンと私がいる。


その場所に触れると、
外側に何かをもらいに行かなくてもいい気がしてくる。


認めてもらえたら嬉しい。
褒めてもらえたら嬉しい。
願いが叶ったら嬉しい。


それは、もちろんある。

でも、
それがないと私はここに居られない、
という感じは薄くなる。


身体が、わたしを肯定しているから。


身体が、

ここに居ていい。

ここから生きていい。

そう伝えてくれているから。


無理に自分を肯定しようとしなくていい。


自分を好きになろうと、
頑張らなくていい。


頭で自分を励まし続けなくていい。


ほとんどの場合、

私たちに必要なのは、

自分を肯定する努力ではなく、



身体の奥にある肯定に

触れることなのだと思う。



ただ、身体に少し触れてみる。


足の裏。
背中。
お腹。
手のひら。
呼吸。
骨の奥。


そこには、
言葉になる前の肯定がある。


身体は、
私が思っているよりずっと静かに、
私を支えている。


ずっと、ここにあった。


私が気づかない間も。
頭が忙しくしている間も。
外側に答えを探している間も。


身体はずっと、
私の居場所でいてくれた。


だから最近、思う。


身体に戻ることは、
自分を管理することではなくて、


身体がすでに持っている肯定に、
もう一度触れることなのかもしれない。


私は、私を説得しなくていい。

私は、外側に証明してもらわなくていい。

身体の奥に、

すでに肯定されている場所がある。



そこに触れるたび、

私は、わたしに戻る。


身体はもう、

わたしを肯定している。





____


IBC(Inner Bone Code )は

「整えようとする人」よりも 
 
「もう整え続けたくない人」のためにあります。  


 IBCは、 

意識の居場所を身体へ戻し、

静まった神経状態を育てていく講座です。

詳しい案内はこちら↓


▶︎IBCの詳細や参加希望の方は
公式LINEに「講座」と送るだけでいいから
試しに覗きに来て♡




哲学的宇宙真理の世界観を体験する 「常識崩壊の3ステップ」こちらから受け取れます  

友だち追加

 @422mrqww