📌初めての方へ
📌ちょっと大事な落とし穴の話
※このブログは、
思想ではなく この身体から書いています。
▶︎同じことをしてるつもりでも…w
同じ言葉を聞いても、
同じワークをしても、
同じことを意識しているつもりでも、
身体の中で起きていることは、
人によってまったく違うことがある。
ある人は、
自然に内側へ入っていく。
すっと静かになり、
身体の奥へ、下へ、
ちゃんと自分の中に沈んでいく。
でもある人は、
同じことをしているつもりで、
意識が外へ飛んでいる。
前へ出る。
見せようとする。
整えようとする。
ちゃんとやろうとする。
本人は、ちゃんとできてるつもり。
身体を感じているつもり。
自分に向いているつもり。
でも実際には、
意識の矢印が、
外側へ向いたままになっている。
これ、実はかなり起きている。
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できる人は、
最初からスルッとできてしまう。
自然に身体の奥へ入れる。
自然に静まれる。
自然に自分の中心へ戻れる。
だからこそ、
できない人がどこでズレているのかを
知らないことがある…!
「力を抜いて」
「内側を感じて」
「自分に戻って」
「ただ在って」
そう言われて、
本当に戻れる人もいる。
でも、戻れない人もいる。
戻っているつもりで、
さらに外へ出てしまう人もいる。
静まろうとして、
逆に力む人もいる。
自分に向いたつもりで、
外側から見た自分を整え始める人もいる。
それ、
なにが違うのか。
ただ、
意識の居場所が、
長い間ずっと外側にあっただけ。
外の反応。
外の評価。
外の空気。
誰かの顔色。
正解。
期待。
役割。
そこを見ながら生きてきた身体は、
「自分に戻る」と言われても、
すぐには戻り方がわからない。
⸻
わたしは、
天然でできた人ではない。
最初から、
すっと身体の奥へ入れたわけでもない。
むしろ、
戻っているつもりで、
外へ飛んでいたことがたくさんある…
自分を感じているつもりで、
外側に向かっていた。
ちゃんと在ろうとして、
見せる方へ行っていた。
整えようとして、
身体から離れていた。
それに気づいた時、
かなりな衝撃だった。
ああ、
同じことをしているつもりでも、
身体の中ではまったく違うことが起きるんだ。
そう思った。
⸻
だからこそ見えたものがある。
どこでズレるのか。
どこで外へ飛ぶのか。
どこで「ちゃんとやろう」として、
身体から離れるのか。
どこで、
自分に戻るはずのものが、
外側に向かう動きになってしまうのか。
天然でできる人には、
見えないズレがある。
できなかったからこそ、
そのズレの場所が見えた。
そして、
ズレる人の身体が、
どんなふうに外へ向いてしまうのかがわかる。
これは、
わたしにとって大きな発見だった。
⸻
IBCで大切にしているのは、
特別な感覚を起こすことではありません。
すごい体験をすることでも、
神秘的な何かにつながることでもありません。
放っておくとすぐに
外へ散ってしまう意識を
身体の奥へ、静かに戻していくこと。
意識の居場所を身体の奥へ。
そのお引越しのための道。
反応より先に、
わたしがここに居ること。
誰かの目の中ではなく、
この身体の中に、
わたしとして宿ること。
そこを、
何度も何度も思い出していく。
⸻
できる人には、
簡単に見えるかもしれない。
でも。
できない人にとっては、
そこにはちゃんと道が必要。
どこへ戻るのか。
何が外へ飛んでいる状態なのか。
身体の奥に入るとは、どういうことなのか。
頭で理解するだけではなく、
身体で少しずつわかっていく必要がある。
だからわたしは、
この道を伝えています。
わたしが天然でできた人ではないから。
長い間、
外側を見て、
外側で自分を感じて、
本当のわたしを隠して生きてきたから。
だからこそ、
戻り方を言葉にできる。
そして
わたしがどうしようもなく
変態的な探求者だったからこそ
気づけば道なんて創ってしまった。
そう思っています。
⸻
できなかったことは、
恥ではなくて。
できなかったから、
見えたものがある。
ズレていたから、
ズレの構造がわかった。
外へ飛んでいたから、
身体に戻ることの意味がわかった。
だから今、
わたしはこの身体から伝えています。




