ブロ友さんよりお誘いいただき
筑後方面へ
現在はブロ友さんというよりは
勝手ながら友人だと思っている
友の少ない私を
何かと気に掛けてくださる優しい虹様![]()
虹様に縁ある地名と
私の苗字が同じなため
ずっと以前より
御縁を感じて下さっていたそう
嬉しいです![]()
現在失業中の私に
仕事運にいいと言われる
こちらの神社参拝をご提案くださいました
三柱神社
2026年3月22日(日)参拝
みはしらじんじゃ
住所:福岡県柳川市三橋町高畑323−1
三柱神社は
7年半振り2回目の参拝です
以前伺ったときは火事による被害で
御本殿以外は全て消失
拝殿は新しく建てられていましたが
本殿と拝殿の間は工事中でした
前回参拝の記事(2017年9月9日)
今回は第一期工事後ということもあり
訪問できることに
朝から心が弾みました♬
9時前に到着
本殿裏の鳥居
前回は気付いていなかったかもしれない鳥居
夕方近くの訪問だったからか
暗く感じた境内が今回は明るく感じました
この日は雨の予報だったけど
朝は晴れ間も見られました
松月乗船場
欄干橋からの風景
今回は一の鳥居からの参拝です
鳥居の南側に二ッ川が流れており
柳川川下りの乗船場があります
川の両サイドには桜の木が植わっているので
今の時期美しいと思われます
一の鳥居
高畑公園と隣接しているため
広々と感じる境内
参道も広く、お散歩に最適でした
ユニークな松の木
二の鳥居
神 橋
手水舎
六角形をしており
以前はなかった樽が置かれていました
今回は境内社のほうからお詣り
させていただきました
道了神社
個人的には
前回参拝の時から一番好きな場所です
御祭神は道臣之命
神武創業の武将
天忍日命の後裔で大伴氏の祖
もとの名は日臣命とされます
本殿近くからの望む道了神社
三の鳥居
手前の灯籠は江戸末期に活躍した
柳川出身の力士で横綱
雲龍 久吉さんが寄進されたものです
10月の秋季大祭「御賑会」や
年末年始にかけて
ライトアップされる献灯提灯(奉納提灯)
火災で焼失する以前は
この提灯の箇所に楼門と回廊が
あったのでしょうか
唐門は焼け跡以外の画像を見付けることが
できませんでしたが
楼門と唐門は
日光東照宮を参考にされていたようなので
煌びやかな唐門だったことでしょう
第2期工事(唐門復元工事):令和10年度以降を予定
前回参拝時に撮った看板の完成予定図
拝 殿
元々の拝殿は火事で全焼しました
現在の拝殿は平成20年に建てられたもの
「柳川雛祭り さげもんめぐり」に合わせて
拝殿にもさげもんが吊るされていました
誾千代姫(神号:瑞玉霊神)
道雪の娘
中央
戸次 鑑連/戸次 道雪/立花 道雪
(神号:梅岳霊神)
筑前立花山
(福岡市東区・新宮町・久山町の境界の山)
の城主で筑前、筑後に於ける戦国の武将
1585年(天正13年)三井郡北野に歿す
右
初代柳川藩主 立花 宗茂公
(神号:松陰霊神)
立花道雪の養子
1600年(慶長5年)、関ヶ原の役に失脚
1620年(元和6年)再度柳川城主となる
十万九千石
1642年(寛永19年)歿す
以上の三神を祀ったことから
三柱神社と称されます
良かったら拝殿付近の動画もどうぞ(7秒)
立花宗茂は
一度、改易(大名失格)されながらも
後に再び柳川の大名として返り咲いた
「奇跡の武将」と言われます
元いた領地に戻ることができたのは
数々の大名のなかで
宗茂公ただひとりだったことから
「復活の神様」として
必勝・成就・復活の社といったご利益を持ち
多くの方々に崇敬されています
また、多くの建物が焼失する中
御本殿は火災を免れ
近年ではクラウドファンディングによる
御神輿の修復など
「蘇りの社」と言えると思います
本 殿
良かったら御本殿付近の動画もどうぞ(20秒)
おしゃれでシンプルな「おみくじ所」
神紋は立花家の家紋「祇園守」
現在、三柱神社は立花家18代にあたる
立花誠太郎氏が宮司をつとめています
もう一つの手水舎
省耕園
かつて藩主の休息所や接待所として
使用された建築物と庭園のようです
御朱印
巫女さんに撮影の許可をいただきました
限定切り絵御朱印も人気のようです
神 池
良かったら動画もどうぞ(5秒)
太郎稲荷大明神
駐車場近くのお稲荷様




































