9月21日(日)

住吉神社の能楽殿で

舞を奉納させていただきます

 

私は能舞台で舞わせていただくのが

今回初めてになります

能舞台といえば

松の木が描かれていますが

その意味について知らずにいたので

調べてみました

住吉神社能楽殿

能舞台の正面にある板を

「鏡板(かがみいた)」と呼び

そこに松が大きく描かれています

 

松は一年中緑を保つことから

“常緑樹”とされ

不変の象徴ともなっています

 

鏡板の松は

神様が降り立つ場所とも考えられており

演者が舞台に立つことで

神と一体となる意味も込められています

住吉神社能楽殿

鏡板と呼ばれる由来

能舞台の正面の板が

「鏡板」と呼ばれる理由は

演者や神が舞台に現れる際

その姿を映し出す

“鏡”のような存在だからです

この「鏡」は物理的な鏡ではなく

神聖な空間を象徴する意味合いで

使われています

演者の動きや心を鏡のように映し出し

観る人に能の世界観を伝えます

 

能だけでなく

歌舞伎や日本舞踊など日本の芸能にとって

松は空間を神聖に保つための大切な存在

だということがわかりました

※色々読んだものをまとめました

住吉神社能楽殿

先日、筥崎宮(はこざきぐう)の宮司様と

お会いする機会があり

会話の中で天女舞についてのご質問と

「能」のお話がありました

 

能の演目に世阿弥(ぜあみ)

(室町時代前期に活躍した能役者・能作者)

による復曲能(ふっきょくのう)箱崎(はこざき)があります

復曲(ふっきょく)とは

過去に上演されたものの

現在では演じられなくなった

能の演目(廃曲)を

能楽師や研究者が協力して復活させ

再び上演することです

 

復曲能『箱崎』は

観世流宗家(かんぜりゅうそうけ)によって復曲され

平成15年に筥崎宮にて初演奉能されました

 

筥崎宮の縁起では

神功皇后が応神天皇を産んだ後

その胎盤(御胎衣(おえな))と応神天皇のへその緒

を箱に収めて埋めそこに松を植えた

筥松(はこまつ)」が本殿のすぐ脇にあり

この筥松のある岬ということで

「筥崎」と呼ばれるようになったといいます

※「筥」の文字は天皇に由れし畏れ多いとして

人々の営みの場には「箱」の文字を用います

 

その縁起を能にしたのが

世阿弥作による復曲能『箱崎』です

能では松の下にあるのは箱に収められた

(かい)(戒律)・(じょう)(精神集中)

()(真理を見通す智恵)」の

三学の妙文(みょうぶん)だとされています

 

この『箱崎』の後シテ(後半の主役)が

神功皇后となっていて

天女の舞を舞います

 

世阿弥の先輩能楽師に

近江鶴楽犬王(おおみさるがくいぬおう)道阿弥(どうあみ))が居ました

彼の芸風は

歌舞を重視した優美さに特徴があり

特に天女の舞は世阿弥にも影響を与え

後の能の発展に大きく寄与しました

 

世阿弥は八幡大菩薩と一体である

神功皇后に舞を舞わせる

『箱崎』を制作することで

大和猿楽(やまとさるがく)(現代の能楽の源流)に

天女舞を移入し

自らのレパートリーとすることに

成功したと考えられています

 

このことから

約200ある能の演目の中で

『箱崎』で初めて

天女舞が舞われたとされています

 

マーカー文字の部分を筥崎宮の宮司様が

お話しくださいました

他の部分は読ませていただいたものを

まとめました

 

ちなみに宮司様は筥松の中を

ご覧になったことはないそうです

 

能舞台に松が描かれる理由と

復曲『箱崎』は多分関係ありませんが

◎筥崎宮を舞台とした

能の演目があること

◎御神木の筥松(しるしの松)が

題材になっていること

◎復曲『箱崎』で神功皇后が

天女舞を舞うこと

◎我々も天女舞を舞うこと

が繋がっていると思った次第です

 

復曲『箱崎』の天女舞は

神舞(かみまい)』に始まって中程は

盤渉(ばんしき)早舞(高い調子の演奏と

テンポが速い舞)』となり

橋がかりをうまく使ったりして

また後半は神舞(かみまい)となる舞なのだそう

※『神舞』は速いテンポで颯爽と舞われるのが特徴

住吉神社能楽殿

 

【参考】謡曲の統計学 様

 

【参考】能絵館 様

 

神功皇后と松のイメージ

※Grokで生成