現在『儺の國の星』を
最初から読み直しています
と言っても図書館で借りた時に
ざっと目を通しただけで
自分用で入手にしてからは
ほぼ索引から引いて
必要な箇所を読むだけでした
せっかく手に入ったのにずっと
宝の持ち腐れ状態だったのです
重要だと思う箇所に線を引き
神社などの場所について
書かれている箇所には付箋を貼りました
私には難解な本ですが
主張が激しくないところがいいです
拾遺のほうは今から読みます
2年前「雲梯」についての記事に
同じく「雲梯」を調べておられた
くるま座さんより
コメントをいただいていました
三輪町の雲梯は神社から南のおたび所の草場川に説明の看板があります
その後すぐに看板を見に行きました
赤線の箇所が
「雲梯」の場所についてです
先日ふとこの看板を見直したら
冒頭に「奈良橋」というのが
あることに気付きました
朝倉地方のまわりの地名と
大和郷のまわりの地名が
似ていることは有名だけれど
「なら」という
地名の場所があったのかもれないと思い
先に奈良橋を探しました
GoogleMapに「奈良橋」の登録は
ありませんでしたが
ストリートビューで
草場川に架かっている橋を
くまなく探したら見つかりました
大己貴神社から南西の位置です
千間溝の看板には
「弥永」と書いてあるけど
ここはギリギリ「依井」です
奈良橋の印は非公開で自分用につけているだけです
以前、大己貴神社の宮司様に
雲梯の地名の場所は何処なのか
質問したことがありましたが
「多分ですが、依井の辺りではないか?」
ということでした
当たっているかも
最近『古地図散歩』という
アプリを入れたのですけど
それで1900年頃の地図を見ると
奈良橋の辺りは「奈良」と
表示されていました
更に農地ナビで小字を調べたら
この辺りは「奈良崎」か「奈良屋敷」
でした
「奈良」の場所が元「雲梯」かどうかは
わからないけどあくまで予想です
筑前町で働いていた時に
たまたま撮っていた
三輪町史にも「ナラ」の文字
ところが国土地理院の現在の地図では
普通に「奈良」となっていました
なんだか拍子抜け..
地元民も「奈良」を知らないんだけどなぜ?
『儺の國の星』P142の中に
寧楽と書いて「なら」と読む
文章がありました
奈良は異表記として
那羅・平城・寧楽などがあるようです
(読みは全て「なら」)
- 乃楽 : 日本書紀
- 乃羅
- 平 : 万葉集、
- 平城 : 万葉集、続日本紀、日本後紀、日本霊異記、平安遺文
- 名良 : 万葉集、
- 奈良 : 万葉集、続日本紀、日本霊異記、正倉院文書、長屋王家木簡、平安遺文
- 奈羅 : 日本書紀、日本霊異記
- 常 : 万葉集
- 那良 : 古事記
- 那楽
- 那羅 : 日本書紀
- 楢 : 万葉集、
- 諾良 : 聖徳太子平氏伝雑勘文
- 諾楽 : 日本霊異記
- 寧
- 寧楽 : 平和の都を意味する。万葉集 - 奈良に上ること、奈良に来ること、帰郷することを意味する「上寧」「来寧」「帰寧」はこの語に由来する
- 儺羅 : 日本書紀
『日本書記』による説
武埴安彦命の反乱鎮圧に向かった大彦命らの軍勢が当地にあった丘(平城山丘陵)の草木を踏みならしたという『日本書紀』の記録に由来する。崇神天皇十年九月条には次のようにある。「則ち精兵を率いて、進みて那羅山に登りて軍す。時に官軍屯聚みて、草木を蹢跙す。因りて其の山を号けて、那羅山と曰ふ。蹢跙、此を布瀰那羅須と云ふ
柳田國男氏による説
平(なら)した地の意で緩傾斜地を指すとする
吉田東伍氏による説
植物の「ナラ(楢)」に由来する
朝鮮語から借用語とする説
朝鮮語「나라(ナラ)」(国の意)からの借用語
ツングース諸語との関連をみる説
ツングース諸語(シベリア東部から中国東北部にかけて分布する言語群の総称
さらに高句麗の言語)では na が「地」などの意味を表すが「奈良」の語源はこれと関係するのではないかとみる説がある
古代日本語では、大地が揺れる(すなわち地震)ことを「なゐ震(ふ)る」「なゐ揺(よ)る」といったが、これは「な(地)+ゐ(居)」が語源とされる
(wikipedhiaより)
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『儺の國の星』P205にあったのは
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「昔の氏族には氏神があると同時に
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氏歌も習い伝えていた
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氏族が筑紫から大和へ移ると
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氏神と共に氏歌もまた遷った
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氏族が消えると氏歌も消えたが
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何とか子孫が生き残れば
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氏歌もまた余命を永らえることになる
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思わぬ異郷に同じ節廻しの民謡が
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口ずさまれる所以がここにある」
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これは著者である真鍋大覚氏の
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氏族のことで
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筑紫から大和へ移った場合の
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たとえ話的に言っているのか
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それとも昔
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筑紫政権から大和政権へ
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移ったことを言っているのか
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宗像大社の御神木 楢の木
雲梯の話に戻るけど先月
『うなで(雲梯、雲堤)の謎②』のほうに
yav0806さんより
コメントをいただいていました
漢字は違いますが
島根県出雲市の地名に
「宇那手(うなて)」 があるとのこと
出雲大社や日御碕とは
少し離れていますが出雲市の町です
テレビ(朝日系列)で
「雲梯」という地名は全国でも
ここ朝倉地区と奈良県にしかないと
説明されていたけど
漢字違いは他にもあるかもしれません
雲梯・奈良については以上です
古地図散歩というアプリですが
ほとんどの古地図は都市部だけなのに対し
こちらは福岡県も一部見られます
各年代の地図や航空写真などを重ねて見られ
基本のグーグルマップに加えて
迅速測図・航空写真・地理院地図
明治初期頃から現代までの
各年代の地図を収録
簡単にレイヤー切り替え・透過調整が
できます
私はまだ外出先でこのアプリを
使ったことはないけど
見てみました
1930年~1960年の間に
博多湾の埋め立てが始まっています
名島神社近くに
今はない妙見島も載っていました
現在城浜小学校が建っている場所も
以前は海だったことがわかります
1994年からアイランドシティの
埋め立てが始まっています
そして1960年~1980年の間に
妙見島は島ではなく
地続きになったっぽい
時間があるときに現地で
古地図散歩したいと思います![]()



















