風浪宮
2025年3月8日(土)参拝
地元の人から
「おふろうさん」と呼ばれている風浪宮へ
8年振り2度目の参拝
初参拝の記事
ひとつ前に書いた
磯良丸神社には安曇(阿曇)磯良丸
風浪宮には少童命がお祀りされています
磯良丸は少童命を祖神とする
海洋族の酋長(指導者)と伝わります
風浪宮の風浪は
風と波を意味します
風浪の灘を守護し給うように
社号とされました
神功皇后が新羅征伐の帰途
暴風に遭い
白鷺に導かれて榎津(大川榎津)に
無事到着
榎津に着くと船から1羽の白鷺が
北東方面に飛び立ちました
皇后はその白鷺を
海上守護の祈りを捧げていたであろう
少童命の化身と言い
「白鷺のとまるところを見よ」と言うので
見ていると
クスの木に白鷺が止まります
白鷺のクスノキ
武内大臣に命じて仮宮(年塚の宮)を建て
大功を成した海神の一族や
その祖神である少童命に対する
功績の湛えや感謝を祈る場所としました
その初代斎主に就任したのが
船軍を指揮した安曇(阿曇)磯良丸です
仮宮だった年塚の宮は
クスの木の場所ではなく
現在の風浪宮から
南西200mの場所になります
後に
白鷺がとまった霊地に社殿を造営し
年塚宮より遷座したのが「風浪宮」であります
なぜ最初からクスノキの場所に
祀らなかったのかは不明
その後、戦国時代
蒲池鑑盛(1520~1578)が
本殿を再建しました
現在の宮司様は
初代の安曇磯良丸から
第67代を数える一系といわれます
静かな境内
ちょうど御祈祷の
太鼓の音が鳴り始めました
随神門
巳年の絵馬
組子の絵馬では日本一の大きさ
社殿
風浪宮は戌(北西)の方角より境内に入り
辰(南東)の方角を向いてお詣りする
造りになっています
福島八幡宮も似たような向きでしたが
あちらは酉(真西)から入り
卯(真東)に向かって参拝でした
風浪宮の向きは毎年春分と秋分の頃には
太陽のご神光
また、11月頃と5月頃には月のご神光を
正中線上に見ることが出来るようです
お賽銭箱にある紋様が見えますでしょうか
逆さミッキーのような形をしています
ネット上に赤い御紋がなかったので
自分で描きました
『洲浜紋』といいます
洲浜は川や海の水の流れにより
砂が丘状に盛り上がった地形のこと
Mapで見ると風浪宮の近く
有明海と筑後川の洲浜がありました
風浪宮の『洲浜紋』は
一説によれば古来より航海に必要な
太陽・月・星を表すとされ
海神である少童命の御神徳を
表しているそう
そういえばこの洲浜紋
奈良県の霊峰玉置山に鎮座する
玉置神社と同じです
玉置神社では
「玉を置いたからその名がついた」という
説もあるので
3つの玉という意味なのかもしれません
なぜ風浪宮と玉置神社が
同じ御紋なのか?
お知りになりたい方は
リンク先
『【御朱印帳】七冊目』の
コメント欄をご覧ください
拝殿前に風浪宮の初代神主
安曇磯良丸の木像があったのですが
全体が撮れていませんでした💦
手には干珠満珠の宝珠を持っています
◆御祭神◆
少童命三座
表津少童命、中津少童命、底津少童命
◆相殿御祭神◆
息長垂姫命=神功皇后
住吉三神
表筒男命、中筒男命、底筒男命
高良玉垂命
社殿全体 御本殿は国指定重要文化財
ご祈祷のクライマックス
太鼓の音声動画(15秒)
同じく少童命(海神)をお祀りする
志賀海神社との位置関係など
書ききれていませんが
今回はこのへんで
風浪宮の社務所で
会社の事務所に飾る用の
土鈴を授かりました
蛇さんのお顔も尻尾も
上向きなのがいいです
こちらの土鈴
何も知らずに授かりましたが
知る人ぞ知る?土鈴のようです
ご利益ありそう♬



















