北九州市小倉北区 神社巡りの最後は

急遽行くことにした篠崎八幡神社へ。

神功皇后が長門の豊浦宮に向かう途中、立ち寄ったのが

到津八幡神社と当社だそうです。

 

しのざきはちまんじんじゃ

住所:福岡県北九州市小倉北区篠崎1丁目7−1

 

 

✱西赤鳥居✱

 

南側の駐車場からお参りに向かう途中にあった小洒落た建物。

「洗練殿」と書かれており、トイレでした男女

トイレに神様をお祀りされています。

櫻木神社のトイレを思い出しました。

新しく、綺麗にお掃除をされており、気持ち良く使わせて頂きました。

トイレが綺麗だと、またお参りに行きたくなりますkirakira*

✱社号碑と鳥居門✱

 

 

 

✱手水舎✱

 

 

✱狛犬✱

凛々しい佇まい。

✱拝殿✱

御祭神:

応神天皇 神功皇后 仲哀天皇
多紀理比賣命 市寸嶋比賣命 多岐都比賣命
玉依比賣命

 

御神徳:

安産 子安成長 福徳長寿 厄難除け 交通安全

 

御由緒:

神社伝記、小倉市誌によると、仲哀天皇九年熊襲討伐のさなか、
天皇は筑前国香椎宮で崩御された。
その後、神功皇后が三韓を攻め、凱旋して筑前国宇美で
皇子(後の応神天皇)をお産みになった。
翌年、穴門(長門)の豊浦宮に向かう途中、鷹尾(高尾)山にさしかかると、
山頂の大石に皇子をたたせ、遥かに長浜や文字ヶ関(門司)から

穴門(あなど)の方を望み、「穴門は近し」といわれたという。
敏達天皇十二年(584年)に勅命によって、この故事に基づき
鷹尾(高尾)山の麓の朝倉谷に、仲哀天皇、神功皇后、応神天皇を祀り、
葛城小藤丸を住まわせて祭祀に当たらせ『篠崎神社』とした。
天平二年(730年)宇佐八幡宮から分霊を勧請し、『篠崎八幡神社』とした。

※穴門とは関門海峡の古称。また、長門国の古称。

✱社額✱

 

こちらの神社は若い女性に人気があるようです。

 

✱力石✱

神社御由緒にもありましたが、

皇子(後の応神天皇)をお産みになった神功皇后が、
穴門(長門)の豊浦宮に向かう途中、皇子を載せた大石を力石というそうです。

この石に応神天皇が立たれたとのこと。

「安産」「子安成長」「立身出世」の御利益があるそうです。

✱八雲社(祇園社)✱

御祭神:須佐之男命、櫛名田比売

✱蛇の枕石✱

御神徳:恋愛成就 金運上昇 厄災除 夜泣き封じ

縁結び等のお導きがあるとされています。

大蛇と女蛇との素敵な恋の神話が宿る『蛇の枕石』。

近年、この『蛇の枕石』から、あたかも大蛇が龍神となり、

恋成就し天に昇るかの如く、自然と木が生えてきたそうです。

(写真中央上)

ツバキ科の常緑高木の木斛(もっこく)だそうで、参拝の方々も

「天にまで願いよ届け」といわんばかりにこの枝に恋みくぎを結ぶなどして、

心願成就をお祈りしているそうです。

 

神社パンフやHPにはなかったのですが、私が伺った時は写真にあるように

ツタのようなものも沢山宿っていました。生命力を感じる枕石です。

✱雲龍殿 賀茂宮✱

恋愛成就・縁結びを願う人は、本宮 篠崎八幡宮にお参りしたあと、
『蛇の枕石』から『雲龍殿賀茂宮』へとお参りし、

大神様の『お導き』を授かりましょう!


主祭神「賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)」は、

「雷神」であるともいわれ、雷は「神鳴り」のことであり、

古来より「雷神」は「龍神」としてイメージされております。
「別雷(わけいかづち)」とは「若雷(わかいかづち)」を意味しております。
すなわち「若」「雷」「龍」の存在であり、

大切な作物をすくすくと成長させる霊力を発揮するなど、
若々しいエネルギーを秘めた龍神様です。
「恋愛」「子育」「学業」「仕事」など、
人々の活力向上・運気隆昌(龍昇)の社として、信仰・崇敬されております。

(篠崎八幡神社パンフより)

細工や装飾が煌びやかで、SNS映えしそうなお社でした。

 

 

✱宮地嶽神社✱             ✱幸神社✱

 

✱貫神社 稲荷神社 疫神社✱

 

✱御朱印✱

 

以上、北九州市小倉北区の神社巡りでした。

ご覧くださりありがとうございましたkirakira*