今朝、私が感じた「怒り」の一例。
日曜の朝だからと、ゆっくり起きて、のんびり朝ごはんを食べている横で、母から「お昼ごはんはどうするの?」と聞かれた。
めんどくさくて、
「冷蔵庫に残っているおかずで適当に食べればいいでしょ?」
と答えたが、
「それで足りるの?」「何があるの?」
とさらに質問された。
急かされているような気持ちになった。
今は、朝ごはんをゆっくり食べることに集中したい。
お昼ごはんのことなど考えたくない。
のんびりしたい気持ちを邪魔されたと感じた。
考えたくないタイミングで聞かれて、自分のペースを乱されたと感じた。
それを「怒り」として、そのまま母にぶつけた。
ぶつければ、たいていそれ以上の大きさになって自分に返ってくる。
攻撃合戦がしばらく続き、お互いの気が済むまで怒りを出し合って終わった。
事実を振り返れば、母はただ私に「お昼ごはんはどうするの?」と聞いただけ。
それを先回りして、私が急かされている、責められていると受け取っただけだった。
「のんびり朝ごはん食べてないで、お昼のことを考えなさいよ」
「いつもそうやって怠けているんだから」
「休みなんだから家事ぐらいきちんとしなさいよ」
「今からお昼の準備しておかないと間に合わないわよ」
と、言われてもいないメッセージを先回りして想像して、勝手に受け取っただけ。
この後、きっとこういう言葉を言われるに違いない、と想像した上で、防御するために、こちらから先に「怒り」で攻撃を仕掛けていた。
「これ以上、責めないでよ」
「しんどいよ」
「苦しいよ」
の気持ちを ‘’怒り‘’ を利用して、表現していたのかもしれない。
怒ると、その場で一時的に発散できるけど、しばらくイヤな気持ちがずっと続く。
やっぱり出したくはない。
「私は責められる」という前提で相手の話を聞くのをやめる練習が必要なのだと思う。