最近は、通勤電車の中で、
ブログを書いたりしています。
今日は、
がんばって努力していた時の
自分について書いてみます。
私は長いこと自分を
大嫌いだと思っていましたが、
それでも努力している時や
がんばっている時だけは
自分のことを好きだと
思えていました。
昔、母から
「あんたは努力できる所が
すごいね。」
と褒められたから
かもしれないです。
母に、
「私にはいい所が
一つもないのかな?」
と訊いたとき、
一つだけでもいいところを
見つけて、そう言って
もらえたことが
嬉しかったのを覚えています。
高校生のときは
ダイエットをして10キロ
減量しました。
これも食べちゃだめ
あれも食べちゃだめ
と色々な制限をかけて、
ダイエットのことばかり
考えていました。
生理が止まるまで
がんばっていました (>_<)
(さすがに、その後は
ダイエットをやめて、
その反動で過食に
走ってしまいましたが…。)
努力の成果で
体重が僅かでも減ったときは、
自分をすごいと思えました。
勉強では、好きな科目が
英語しかなかったから
もっと英語ができるようになろうと
努力していました。
社会人になってからも
TOEICを30回近く受験したり、
がんばっている自分に
酔っていました (^_^;)
仕事で新しい業務を
覚えられないときは、
自宅でマニュアルを
まとめながら、
努力さえしてればうまく行く!
できなくても、努力の量で
カバーする!
と思っていました。
でも、思うように
仕事ができない自分を
努力が救ってくれない現実に
ぶつかったとき、
一つの長所だと思っていた
「努力する力」さえも
役に立たないなら、
もう自分には何の価値も
なくなってしまったなぁと
悲しくなりました。
そんなときに、本を読んだり、
カウンセリングを受けたりして
新しく出会った価値観が、
がんばれなくても
できなくても
私という存在そのものの
価値は変わらない
というものでした。
努力をやめたら
自分はますますダメに
なると思っていたけど
自分がこだわって
努力していたことを
やめても、自分の価値は
変わらないということ
少しずつ受け入れられる
ようになりました。
仕事も、マルチタスクを
こなせる自分になろうと
努力するより、ゆっくり
丁寧に自分のペースで
作業できるものに変えてから
楽になったし、幸せに
働けるようになりました (^_^)
できないこと
足りないものを直すより
できない自分
足りない自分も受け入れて
それで大丈夫と思えたから
変われたのだと思います。
そういえば、
がんばることをやめたら
ヘンなこだわりができました。
人に「がんばって」って言えない
人から「がんばって」って
言われると、
ありがとうと言いながら
心の中では受け取りたくない
と思ってしまったり、
がんばるを漢字で「頑張る」と
書くのも、苦しい感じで
嫌いになりました。
最後は、まとまりのない
オチですみません (^_^;)
読んでいただき、
ありがとうございました (^_^)