前述の記事の続きになります。

 

 

 これら記念碑についてあまりにも戦争賛美するかのような記念碑の下の文言について違和感を覚えたので、船橋市の広報課に電話して確かめると「あの記念碑は電信技術に寄与したので記念として建てた...」というような返事が返ってきたのです。

 当時の電信技術というのは、今のアマチュア無線ではありません。普通において当時の民間人が電波を出すという行為は、昭和16年の太平洋戦争開始と同時に多くのアマチュア無線局の運用が停止させられ取り締まりの対象にもなっていて、軍用などに限られていたという事です。

 つまり、「無線電信技術に寄与した」とは戦争のためなのでしょう。しかも、記念碑の下に書いてある文言には「船橋のシンボルとして市民に親しまれていた...」と書かれてあるのです。

 そして、1923年の9月に内務省の通達に船橋の無線所は応えて「鮮人が暴動起こし、油で火をつける、とか井戸に毒薬を入れるだとか」の流言卑語のデマを発信したのです。それだけでは無く、「無線所に鮮人が襲って来る」などとして、当時の無線所の所長が命令を出して船橋駅の近所の天沼公園近辺で殺戮に及んだのです。これが当時の日日新聞(毎日)のデマ記事で見出しのところに私が赤線を引いています。「不逞鮮人各所に放火し 帝都に戒厳令を布く」「宮様、、方おかくれか」「鮮人いたるところめったきりを働く」などなど、流言卑語のデマ記事のオンパレードで、このようなデマ記事を読んで自警団も竹槍、とび口、日本刀などで、朝鮮の人たちをなぶり殺しにしたのです。

 

 そして、現在、船橋市行田公園内にある記念碑は一切、これらの史実が書かれていません。私はそれも不審に思っているのです。

 

 さらに、この公園にある記念碑をめぐっては、船橋市のホームページに子どもを利用した次の事が書かれていますので読まれてみて下さい。何故に小学生が「ロシアによるウクライナ侵攻をふまえて...」となるのですか?この子どもさんはロシアとウクライナの戦争が何故に起きたかを熟知されているのですか?日本の憲法の前文も理解されているのですか?現在、日本政府がウクライナに武装品など提供している事など知っているのですか?

 

 

 

(つづく)