これは「ひろゆき」氏だけの問題ではないかも知れないが、沖縄の人々には「ちむぐりさ」という言葉が根付いている。「ちむぐりさ」を漢字で書けば「肝苦りさ」と書くのだが、単純にかわいそうとか、大変だね、という意味ではなく、「あなたが悲しいと、私も悲しい」という共感を表す言葉でもある。「ひろゆき」氏は沖縄の辺野古を訪れ基地反対派の人たちの立て看板の日数を指し、座り込み抗議開始から「3011日」を刻んだ掲示板の横で写真を撮り、「0日にした方がよくない?」とTwitterに投稿し、さらに「汚い字」とABEMAプライムの番組の中で罵った。

 ところで、この看板を制作された辺野古住民でもある、金城さんは母親の富子さんを強盗の米兵にブロックで殴られて殺害されているのだ。

 

 

 

それでも、「ひろゆき」氏に対し「批判をする気は無いが、もう一度彼が来たら、なぜ私たちが反対しているのか、彼が何を考えているのか、腹を割って話してみたい。」と仰っておられるのだ。これこそが沖縄の「ちむぐりさ」ではないのか。

 実は私もこの「ちむぐりさ」について10年前くらいに共感した覚えがあり、当時、東京新聞が連載していた「犠牲の灯り」という記事に読者として投稿した事があった。

 

2022年10月20日

船橋市海神:弓場清孝