私の世代で山の中で育った方なら体験されていると思いますが、小中学校は木造で11月頃になると授業中には石炭ストーブで教室を暖めて暖を取りながら授業を受けていたものでした。私の生まれ故郷でも冬になれば雪も積もるようなところでした。

(拝借画像)

 そして、ストーブ当番というのがあって二人一組で授業が始まる前に教室を暖めるのが役目で、自宅からストーブの焚き木になる枝木を小脇に抱え皆より早めに登校し、石炭倉庫からバケツに石炭を入れて教室に運び、最初に焚き木をストーブに入れて火を付け、燃え上がったら石炭を入れて、石炭に火が付くのを見計らってから、今度はストーブの上に水バケツを置いて他の生徒が登校するまで暖を取っていました。

 今では考えられないような事でした。ちなみに私が小学校に通う頃には、すでに木炭バスはありませんでしたが、小学校の手前にはバス会社の車庫があって冬になるとエンジンが掛からないので、ボンネットバスの前にエンジンを回すハンドルを運転手の人が焚火をしながら一生懸命、ハンドルを回しているのを手伝ったものでした。

 この上のバス路線というのは福山から東城までの路線が書かれてありますが、二つの路線は東回りと西回りに分かれていて、広島原爆で被ばく死された「黒い雨」の主人公でもある、高丸安子(矢須子)さんも利用されていたでしょう。

 今時、石炭などと言うと、やれ、排ガスだ、CO2だの環境だのと騒がれますが、原発放射能よりも安全なエネルギーだと私は思っています。

 

2022年10月19日

船橋市海神:弓場清孝