朝日新聞の「好書好日」に寺尾紗穂氏が「農家女性の戦後史」の書評を書かれていたので気になり、読んでみるきっかけともなり、図書館で今日、借りてきました。
第1章の部分を抜粋して載せますので読まれてみて下さい。ざっと私は目を通しましたが、やはり考えることの多い作品になっていると思います。全体の感想は後日にします。
【罵倒】
身につかぬ 鍬は手のひらより落ちて すわっと罵倒の声ひびきたり
野良に出て 初めて鍬を取る我は ののしられてもただ黙々と
腰いたみ 畑の畔に憩う間も しゅうとのまなこは背に光おり
嫁ぎぎて かくも毎日罵倒せられ 三年の春もむなしくゆきぬ
花はみち 小鳥たわむる野良なれど 罵倒を浴びる我は悲しも
五月晴れ 涙落ちて何悲し とびくる罵倒は我非力故か
【母親としての農家女性の地位】
経営者であり、無償労働の提供者でもあるという農家女性の持つ相矛盾する性格は、妊娠・出産・子育ての時期に二つの生命にとっての最大のリスクを生み出す。
農家の「嫁」としての女性たちの「義務」の一つは後継者を産み、育てることである。生まれてくる子どもは、農地を相続する後継者であり、義父母からすれば血族である。農家女性はここでは母親であることを強制される立場である。にもかかわらず、妊娠中の女性たちは出産ギリギリまで野良仕事を休むことは許されなかった。妊娠中であったとしても、嫁は重要な労働力であり、彼女が農作業から離脱することは労働を怠けることと同義であった。嫁は働き手として自らの存在意義を示し続ける以外に家族の一員として認めてもらう手立てはなく、働けなくなった場合には無用のものして扱われることがわかっているので休もうとはしない。
嫁は他所からやってきて、「家」の稼ぎの分け前で生きているのであって、働けない嫁は労働者としても役立たずの存在としてみなされる。赤ん坊の面倒をみていれば、「子どもにかこつけて怠けている」と言われた。義父母に面と向かってそう言われなくとも、臨月の自分に「休んでいなさい」と言わない様子から、嫁は「休みたいなんて言ってはいけないんだ」と理解した。
また、子どもの養育およびこれに関る支出は母親および母親の実家の責任とされ、姑が握る財布からの支出を求めることは嫁にとっては大きな重圧を伴うものであった。姑からすれば自分の息子と血がつながる孫であったが、その孫は同時に嫁の扶養対象であって、ここでも子どもの世話を見ることが他の家族、具体的には義父母の面倒を見ることより上位に位置するものとはみなされなかった。農作業を脇に置いて子どもの面倒を見ることは怠慢な行動とみなされ、我が子のために金を無心することは嫁の分をわきまえない許しがたい行為と受け止められた。
彼女が家長や家長の家計担当である相手(その多くは姑である)に向かって支出を要求したとたんに、こうした嫁の行為は、それだけで雇用主の手から儲けを減少させる「厚かましい」要求とみなされた。労働者であれば、交渉権が与えられるが、こんな要求を仮に嫁が口にしようものなら彼女は家族であって労働者ではないため、そんな権利はないと否定されるだろう。
女性たちはこのことがわかっているがために、義父母に対して子どものための支出を要求しなくなっていく。それは時に母と子を経済的にも精神的にも追い詰めることになったのである。続く・・
(とりあえずここまで)
こういうことをきっかけにして、主婦による学用品やミルクの万引き事件が全国で広がっていったのです。子どものための万引き行為は貧しい農家だけに限られたものではなかったと、1961年1月18日付けの毎日新聞・山形版の記事「なぜ多い農家の主婦の万引き」には「ある警察署の年末年始一斉取締りでは38人が検挙で、そのうち37人が女性で、生活難とみられるものはわずかに二人だけ、他は豊作に恵まれた中流農家の主婦に占められていた・・」と
参考→http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/37801/rkz049-3-01-aneha.pdf
2019年2月12日
船橋市海神:弓場清孝
