以下の記事及び画象は中筋純氏の写真集『廃墟チェルノブイリ』から
抜粋させていただいたもので非常に貴重なものと考えます。
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発電所の北西約3キロにチェルノブイリ発電所の城下町的存在プリピァチがあった。
ソ連邦の未来を支える原子力事業の根幹である発電所の職員とその家族5万人が、
当時のソ連にしては高水準の暮らしを日々送っていた。
衣食住に関連するすべての施設はおろか、学校、病院などの生活施設、音楽ホールや遊園地
などの余暇施設までも兼ね備えた密集型高機能都市はソ連国家の理想を具現したユートピア都市
であった。
しかし、ユートピアは一瞬にしてゴーストタウンへと姿を変える。
爆発を起こして瓦礫と化した4号炉から放たれた広島原爆の500倍ともいわれる放射能が瞬時に
町を覆ってしまったのはいうまでもない。
事実を隠しきれなくなった当局は、事故後36時間経ってようやく全住民に一時避難命令をだした。
だが、3日分の手荷物を持ってバスに詰め込まれた住民たちが
二度とこの町に戻ってくることはなかった。
それから22年(26年)、人間のユートピアにはただただ崩落の時期を待つ武骨なコンクリートアパートメントの廃墟が林立する空間となった。皮肉なことに人間が排除されたあとは、野生動物が我が物顔で闊歩し剪定されないポプラの街路樹は町を覆い尽くさんばかりに成長している。
黄色く染まった葉が晩秋の冷たい風に吹かれてかさこそ鳴く様は、
まさに悲運な町へのゴスペルのようだ。
息を切らしながら町最大の16階建てマンション廃墟の屋上を目指す。
目に飛び込んでくるものは、果てしなく続くウクライナの大平原と、
役目を終え静かに木々の大海に飲み込まれるユートピア、
そして未だ不気味な威容を放つ発電所の石の棺桶だ。その光景はまさに人類が築き上げた近代文明の墓碑銘である。
【失楽の観覧車】
ウクライナ平原の4月の後半といえば長い冬から開放されすべてのものが春の空気包まれ始める。1年でも最も躍動にあふれる季節だそうだ。小鳥がさえずり、桜がほころび、たくさんの子供たちが厚手のセーターを脱ぎ捨てて外で遊び回る。そして発電所で働く人の心待ちは、なんといっても5月1日のメーデーである。労働者のお祭りはここでは春まつりも兼ねていた。
プリピァチのその年のメーデーにはなによりもビックなニュースがあった。中央広場の裏手に建設が進んでいた遊園地が開園するからだ。空中ブランコやゴーカートなど遊具は本当にささやかだが、なかでも目玉は小さいながらも町を見渡せる観覧車であった。この観覧車に子供たちはもちろん、若いカップルや、老人までもが胸躍らせていたそうである。
娯楽が少ない殺伐とした共産国家の小さな楽園の誕生のはずであった。
だが、メーデーを迎える頃には町には誰もいなくなった。小さな楽園は開園のわずか5日前に起きた発電所事故で放射能汚染され、人々の嬌声に1度も包まれることをしらずに22年間もの間、風雨にさらされ続けている。僕がこの場所を訪れた10月下旬はウクライナ平原が茜色に染まる季節だ。赤錆が浮いたオレンジ色の観覧車は、澄み切った青空の下燃え盛る木々にとけ込んでいる。時折吹く晩秋の空気を含んだ風は無人のゴンドラをわずかに揺らし、金属のきしんだ音が辺りに響き渡る。いまにも動き出しそうだ。楽園にならずして失楽園へ。プリピァチの観覧車は人々の期待をフリーズさせたまま、核汚染のモニュメントとして廃墟の町で今日も風に揺られている。
「純さん、廃墟の中のものは触ってはいけません。危険です。あぶないです!」
落ちていた人形にそっと手をのばしそうになった僕に、通訳のアレクセイがガイガーカウンターを指差して叫んだ。
草木も生えぬ大地を想像していた僕は、放射能など素知らぬ顔で黄金色に輝く木々の逞しさを目の当たりにし、この地が放射能汚染されていることを忘れかけていた。
ガイガーカウンターは特如予期せぬ場所で鳴き始める。
そのけたたましい電子音に一瞬身がすくむのだが、この地を旅するための重要なお守りであることは間違いない。
ウクライナ人スタッフと僕は、林立する建物の中を歩き続けた。主を失って22年も経つ建築物は、大部分が苔むしひび割れ瓦礫の山が散在する予想通りの終末の光景である。建物の壁はほとんどが地のコンクリートに厚くペンキを塗っただけなのか、ペンキの層が薄く不規則に剥がれてほのかな明かりに照らされている。まさに廃墟に咲く柔花のようだ。
目に入るものの大半がソ連が目指した実質主義、効率主義を具現しているようである。
画一的な建物はもちろんのこと、、打ち捨てられた家具調度品に至ってはベニヤ板の工作のようである。
だがそんな殺風景な廃墟にあって唯一心が和むのが、所々で出会うピアノの残骸だ。
ピアノに少し心得のあるガイド、サーシャは放射能レベルを確認した後、ほこりがたまった鍵盤に指を滑らせる。
調律の狂った不思議な調べが殺風景なコンクリートの箱に響き渡り一瞬だけ命を吹き込んでいるかのようである。
ここに住んでいたのはまぎれもなく音楽を聴くふつうの人間だったのだ。






